「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。
<第三章④ 動かぬ証拠>
注射痕と尿検査
二人の男性に挟まれながらパトカーの後部座席に押し込められ、あたしは警察署に運ばれた。
「おまえさん、東京でやらかして来たろ? 指名手配かかってるぞ」
刑事らしき男性はしきりに話しかけてきたけれど、急激に襲ってきた怠さと寒気で、あたしはうなずいたり首を振ったりすることもできず、黙っていた。
目眩が残っていて、気分も悪かった。
「風に当たれば少しは楽になるかも」と思ったけれど、窓を開けてくれるよう口にするのも億劫だった。
お母さんが知ったら、どう思うだろう。
そう思うと、軽い吐き気を覚えた。
次にお母さんと会うときに、どういう顔をしたらいいんだろう。
合わせる顔がない。
心に重石を乗せられたようで、気分はますます悪くなった。
黙り込むあたしを、右隣に座る刑事がじっと見ていた。
注射痕だらけの腕を見られているのはわかったけれど、今さら隠しても仕方ない。
「こりゃ完璧だわ」
刑事は誰に話すでもなく、つぶやくようにそう言うと、ようやく前を向いてくれた。
警察署に着くと、イスに座る間もなく、そのままトイレに連れて行かれた。
「これにおしっこ入れてね」
トイレの前で待っていた女性警官が、大ぶりの紙コップを差し出した。
サッと勢いよく差し出されたので、反射的に受け取った。
女性警官が個室を指差した。
「あそこでしなさい。ドアは閉めてもいいけど、してる最中も終わったあとも、絶対に水は流しちゃダメよ」
足の裏をタイルの床に擦りつけるようにしてのろのろと、言われるままに個室に入った。
これじゃ音を聞かれちゃうなぁ。
個室のドアを隔てた横には女性警官が、その先──と言っても三、四メートルしか離れていないトイレの出入り口には、あたしを連れてきた刑事たちが、それぞれ立っていた。
男の人にまで音を聞かれるのは嫌だな。
でも、その気持ちを口にするのは億劫だった。
すぐに終わらせて、どこにでもいいからとりあえず腰を下ろして休みたかった。
あたしは言われるままに、紙コップに濃い色のおしっこをした。
ばらばらばらばら......と、おしっこが紙コップの底を叩く音がタイルの床や壁に響いた。その音を他人事のように聞きながら、意識がすーっと遠のくような感覚に襲われた。
それでもどうにかやり遂げて、紙コップを手に個室を出ると、洗面台の前に立たされた。
カメラを持った男性警官がトイレに入ってきて、紙コップを持つあたしを撮った。
「今から検査器具を洗浄しますよ」
女性警官は半透明のプラスティックの瓶を出し、そのふたを開けると、洗面台の水道で洗った。
洗って水を切った筒に、指示されておしっこを入れた。瓶の底に濃い飴色のおしっこが溜まっていくのが、半透明の素材を透かして、はっきりとわかった。
瓶におしっこを移し替えるあたしに向かって、立て続けにシャッター音が浴びせられた。
「これを薬物検査に送ります」
そう言いながら女性警官はきっちりと瓶のふたを閉め、シールを貼って封印をした。
(つづく)
恥辱だった...
(取材/文=石原行雄)
石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/