世の中は、彼のことを微塵も知らない。だが、尼崎の塚口で、暴走族に何らかの形で携わった経験のある過去を持つ者なら、誰しもが彼の名前を知っている。
ーすぎちゃんー 人呼んで白龍のすぎちゃん。今もバリバリの現役の暴走族である。
現役ゆえに、すぎちゃんの脳内は18歳のままで止まってしまったままである。
トレードマークだったリーゼントパンチはすっかり禿げ上がり、愛車のXJ400Dは30年も前に廃車になってしまったが、すぎちゃんはすぎちゃんのままなのだ。すぎちゃんの世界では今でも黒とピンクのファイヤーパターンにまたがり、直管コールを奏でているのである。
今となっては不覚以外の何者でもないのだが、当時14歳だった私は、シンナー片手にローリングを切ってみせるすぎちゃんを「かっこいい」などと誤解してしまっていた。私だけではない。私たちの世代の不良少年たちは、4学年上のすぎちゃんを誰しも「シブい」と一度は思ってしまった苦い経験があった。
18歳で暴走族を卒業してしまった私は、その後、2年間、地元尼崎を離れ県外で潜伏していたので、すぎちゃんのことなんてすっかり忘れ去っていた。
とにかく緩やかな時代であった。何の人脈もない私が、逮捕状が出ているというのに2年間も逃走することが出来たのだ。今では考えられないだろう。逮捕は実に呆気なかった。ハタチとなり、成人を迎えたので、警察も許してくれるのではないかと地元尼崎に帰ってくると、何のことはない。すぐに刑事がやってきて逮捕されることになってしまった。
ただ、17歳の時の事件だ。大したことはない。取り調べも実に簡単なもので、私は日がな留置場で暇を持て余していた。
すると少年房から、留置されている少年たちの会話が聞こえてきたのだ。四方はコンクリートの壁で囲まれているため、少年たちの姿は見えない。
「あれは絶対にすぎちゃんのせいやで。カンベから出たら、すぎちゃんにただでシンナーもらおな」
「すぎちゃんにシンナーパクりいかそうや」
私は思わず、少年たちの会話に割って入っていた。
「おいっ!少年どもっ!すぎちゃんて、もしかして塚口のすぎちゃんかっ⁈」
一瞬の間が空いたあと、呼びかけた少年たちが返事をしてきた。
「はいっ!そうです!白龍のすぎちゃんです!」
すぎちゃんは当時24歳。少年たちは聞けば共に15歳だと言う。9つも年が離れているというのに、少年たちは全くもって、大先輩であるばずのすぎちゃんに敬意を払っていない。
この時、私は確信したのであった。すぎちゃんは、未だに暴走族もシンナーも卒業できておらず、18歳のすぎちゃんのままであることを。
(文・沖田 臥竜)