「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)
母以外の人の気持ちがわからない
先輩の引率で、ディスコに足を踏み入れる。
薄暗さに目が慣れると、フロアでは着飾った男女が踊っていて、当時のあたしにとってはまさに大人の世界。クラクラと目眩のするような魅力に満ちあふれていた。
「おいでよ、こっち!」
先輩に手を引かれて、はじめてのダンスフロアに立つと、ユーロビートのリズムに合わせて、心臓が高鳴った。先輩を真似て、あたしも体を動かした。
楽しかった。
スポーツのような爽快感。
ぜんぜん悪いことじゃないじゃん。
ディスコという言葉に感じていた、ちょっとばかりの後ろ暗さも、体を動かしはじめると一気にどこかに消え去った。全身でリズムを感じながら踊った。
曲が終わって、さらに速いテンポの曲になる。リズムを掴もうと体を揺らしながら、ふと周りを見渡す......と、壁際の一角で目が止まった。
そこにはソファーに浅く腰をかけ、背筋を伸ばしてジュースかなにかを飲みながら、真っ直ぐにフロアを見つめる母がいた。
漠然とフロアを見ているのではなく、母の目はあたしに向けられていた。
薄暗いフロアの中で、目が合ったような気がした。浮かれている気持ちまでも見透かされているような気がして、気まずい思いで咄嗟に母のいるあたりから目を逸らした。
逸らした視線をDJブースの方に向けて、そのまま踊り続けようとしたけれど、前の曲のときのようにリズムに心が乗っていくことはもうなかった。
母を一人で置き去りにしているのが気になった。
自分だけが楽しんでいることに罪悪感のようなものも感じた。
場違いな母を放っておいて、好き勝手をやっている自分にいたたまれなくなった。
軽快なリズムを背に、あたしは母の座るソファーに向かった。あたしがソファーに腰をかけると、すかさず母は言った。
「音楽がお腹に響いて気分が悪くなったから、先に帰りますよ。あんまり遊びすぎないように、ほどほどにね」
あたしと同じだ。
ちょっとだけ、微笑ましい気分。母から禁止の言葉が出てこなかったのにも、ほっとひと安心。
母が帰るからと先輩を呼ぶと、「それでは娘をよろしくお願いしますね」と、母。
それにかしこまってお辞儀を返す先輩たち。ダンスフロアには似つかわしくない光景だ。
母を送り出すと、あたしは気分を改めて、大音響の激しいリズムに身を任せた。
「レイ子のことをかわいがってるから、心配だったんだね」
帰りがけに先輩たちは、口々にそう言った。それを真に受けて、照れ笑いを浮かべていたあたしは、相当な世間知らずだった。
このときはまだ、ディスコに親を伴う不自然さにも、そうすることで先輩たちのその夜の楽しみを削いでいたことにも、ほとんど気づいていなかったのだから。
あたしには夜の街がまぶしすぎた。(写真はイメージです)
(つづく)
取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/