「おいおい、お前ら〜修学旅行と違うど〜。もうちょっと静かにしたれよ〜。正担のワシの顔を潰すようなことしたんなよ〜」
鉄格子が嵌め込まれた食器口から顔を覗かせると、7匹の豚がこっちに視線を向けた。どいつもこいつも辛気臭い豚どもだ。
「何言ってんだよ、オヤジ!こんな辛気臭せえ修学旅行だったら、ハナから行かねえよ〜!」
「間違いないわ〜。ワシも欠席させてもらいますわ〜」
フン、気の利いたことを抜かしやがる。
特にこのシゲだ。拘置所に移送してきた頃は、
ー先生!ボク、地元が関東の埼玉なんですが、いじめられませんでしょうか?ー
と、おどおどして今にも泣き出しそうな顔していたくせに、同じ房に陣内宗介というろくでなしを入れてから急変しやがったのだった。
「シゲ〜。ワシもお前が修学旅行に行くなら、休ませてもらうわ〜。て言うか、お前に残念なお知らせがあるど〜」
シゲが怪訝そうな顔を向ける。
「なんだよオヤジ、残念なお知らせって?もうここにいる時点で全員、残念じゃねえかよ〜」
8人部屋の内訳は、現役のヤクザが陣内を含めた4人。プラスアルファで、陣内の舎弟になったシゲを仮に現役の組員だと数えると5人ということになる。
だが、拘置所も刑務所もそうだが、中で現役の組員から縁をもらい舎弟や若い衆になった受刑者や被告人のことを、身分帳には組員として記載し直しなどしない。
中での暮らしでヤクザぶろうが何しようが、矯正施設を運営する官サイドは、ヤクザとして登録しないのである。
従って、中の暮らしではシャバでも正真正銘の組員が、どこの雑居房でも権力を握るのだ。
この雑居房では、ジギリをかけてきた陣内がトップ。本来なら、後の3人が年齢や社会での組織の序列に従って順序が決められていくのだが、シゲが陣内の舎弟になったことで、その均衡は破られた。ナンバー2には、シゲが急浮上していたのであった。
それを笠に着て、シゲは他の現役の組員たちにも、分かったような口を聞いてしまっていたのだ。それが今から地に堕ちるとも知らずに。
「あのな〜シゲ。もう陣内はこの房に戻ってこうへんぞ〜」
シゲが立ち上がって、食器口に駆け寄ってきた。
「ど、ど、どういうことだよっ!!!なんで兄貴が帰ってこねえんだよ!!!マジで何があったんだよ!!!」
陣内が帰って来なければ、シゲの生活は一変する。シゲの後で、興味津々な目を向ける6匹の豚たち。
「なんやしらんけど〜面会の帰り道に、独居に行かしてくださいって、泣きを入れたらしいど〜。まさか、お前ら、陣内のこといじめとったんちゃうやろな?まあ、そういうこっちゃ。明日から、前科3犯の強姦魔をこの房、入れるからの。仲良くしたれよ〜。ほな、今日はワシはもう上がりや。シゲ〜修学旅行たのしめよ〜」
次の日から、シゲに対する悪質ないじめが繰り広げられ、夜中に舎房のドアを蹴って保護房へと吸い込まれたシゲは、そのまま懲罰を受けることになったのだった。
塀の中の生活は、気持ち良いほどの弱肉強食である。また、騒がしい雑居房が出来上がっているようだ。
「おいおい、お前ら〜修学旅行と違うど〜。もうちょっと静かにしたれよ〜。正担のワシの顔を潰すようなことしたんなよ〜」
と、薄笑いを浮かべながら夜勤部長が近づいていったのだった。
END
(文・沖田臥竜)