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舞台裏に隠されたもう一つの物語

ドラマ【ムショぼけ】なぜ関西ローカルドラマに火がついたのか ー舞台裏に隠されたもう一つの物語

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人の心の痛みというのは、その人にしか分からない。それは人それぞれ趣味嗜好も違えば、価値観や環境も違うからだ。それと同じように、スタッフの気持ちというのは高い位置から偉そうに見下ろし、話を聞くだけでは理解することなどできないだろう。

固定観念というのは、いつだって勝手に決めつけるだけで、文化が必ずしも正しいかと言えば、そうではない。衰退の原因はいつでも固定観念やこれまでの文化に執着し過ぎて、新しい息吹を吹き込まないことも一因と言えるだろう。

平常ならそれでも良いかもしれない。

だが、予想もつかないようなアクシデントに見舞われるとたちまち右往左往してしまう。

それは良くも悪くも、固定観念や概念。乱暴な言い方をすれば日頃の怠慢があるからなのだ。

私はドラマ「ムショぼけ」に対しては、申し訳ないが一番稼働してきた自負がある。

当たり前ではないか。自分が生み出したのだ。

私がまず一番に稼働しなくて、他の人たちが賛同したり、そこまで言うならやってやろうかと情熱を燃やしくれるか。くれるわけがないだろう。

できるできないの問題ではなかった。

ー私がやりましょう!お願いします!ー

と頼んだわけではない。だが、もう書けないと考えていた中で、やりませんか?と声がかかったのだ。

なんだってやろうとその時に決意したのだ。

いちいち、他の声に耳を傾けて妥協するつもりはなかった。限界を超えてやる、そして結果は出してやる、その結果に対しては、私ではなく、協力してくれたみんなが喜んでくれたら良い、私の役目はそこにあると考えていたのだった。

何をやった、これをやったというのは野暮である。そもそも辛抱や我慢もするけれど、言いたいことは言いきる性格だ。もう十分にこれまで言い尽くしてきた。

ただ、振り返って思うのは、送迎のハンドルを握って本当に良かったということだ。送迎のハンドルを握ったからこそ、送迎している人たちの苦労が分かったし、スタッフの人たちの気持ちがより身近に理解できたのだ。

それは私にとってかけがえのない財産だ。だからこそ、私の台本には、キャストの人々をはじめ、スタッフの全員が寄せ書きを書いてくれている。それは私に対してではないのだけど、私が一番望んでいたことであった。

そして私は、人生で初めてカツアゲされた12歳の冬。阪神尼崎駅で、35年後の時を経て、撮影終わりに、全員からサプライズイベントをやってもらったのだ。

まさか当時、大事にしていた小泉今日子のテレフォンカードまで取られ、同級生とベソをかきながら退散させられた同じ場所で、そんな未来があるなんて考えてもみなかった。弁解だけはさせて欲しい。4対1で相手は1人だったのだが、相手は20歳くらいの金のネックレスにパンチパーマだったのだ。風体は完全にヤクザだった。12歳の子供が勇気や根性だけを武器に立ち向かっていけるような相手では、とてもじゃないがなかったのだ。

パンチだぞ。今だったら軽くバズっているレベルだ。

そんな場所でだ。キャストとかスタッフとか関係なく、サプライズイベントをやってくれたのだ。忘れろと仮に言われても、忘れることはできないだろう。

たかだか原作者である。そこに偉いなんてことはない。みんなが賛同してくれて、出来上がったのがドラマ「ムショぼけ」なのだ。

私はクラインクインの日に、みんなに他にはないドラマを作ろう、そうじゃないと意味がない、と送迎のドライバー風情のポジションから力説してきた。

しょうぞう役の俳優、長村航希くんのクランクアップのときに、彼を新大阪駅まで送り届けたときのこと。

「沖田さん!本当に有難うございました!他の現場では味わえない思い出がいっぱい出来、みやげ話がたくさんできました!!!」

こんな世の中だ。正しいとか正しくないとか是非を説くのは堅苦しいではないか。

責任を持って、約束したことは私は果たす。

ドラマ「ムショぼけ」には、スピンオフの2話が存在し、そこで初監督を務めたのは、福田和弘だ。映画「ヤクザと家族 The Family」で私の担当だったフクである。

もう一話、シゲ回と呼ばれるシゲ役の藤井陽人が主演を努めるスピンオフでは、工藤渉が監督を務めている。工藤くんは映画「ヤクザと家族 The Family」で、フクが手を離せない時の私の担当だった。

彼らをスピンオフの監督に決めたのは私である。それは偉いからとか原作者だからとかだから、みんなが納得してくれたわけではない。

私が情熱を持って稼働したからこそ、みんながシゲのスピンオフの主演にしてもそうだし、2人の監督にも「良かったな!」と言ってくれたのである。

1話が終わり、エンドロールのクレジットが流れた際、名前を見ながら、1人1人の顔を思い出し、私は込み上げてくる想いを噛み締めたのだった。

関わってくれた1人1人に「ムショぼけは、オレらが作ったドラマだ!」と言ってもらうために、私は最後まで走り続けていきたいと考えている。

(文・沖田臥竜)