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映画館

ドラマ『ムショぼけ』原作者『10年前の君へ』⑥ (文・沖田臥竜)

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◯映画館

初めてのデートはいつも須磨か映画館だった。

いつの間にか至極、現実主義になったのでデートというような非建設的なことはしない。だが確かに昔は、デートというものにドキドキしていた時代があった。

こう見えて私は律儀な方なので、ドラマ「ムショぼけ」でお世話になったロケ地を回っていると、地元塚口の映画館に辿り着いてしまった。

公開されているラインナップに目をやれば、ちょうど見逃した映画が上映されていたので、吸い込まれるように館内へと入った。そこは懐かしい場所であった。母に連れられてドラえもんを観たのも、友達とビーバップハイスクールを観たのも、この映画館だった。懐かしさに物思いに耽りながら券売機でチケットを買い、受付の地下へと降りた。

しんと静まりかえった地下の劇場入口の受付には、えらく若くべっぴんなマスクをつけた女の子が1人ぽつんと佇んでいた。女の子にチケットを見せると、彼女は無表情な顔でキッパリとこう言い切ってきた。

「座席の変更はできませんよ!」

なぜか彼女の声は少し怒っていた。そんなことだから場末の映画館のバイトくらいしかないのだぞ、と思いながら、ムシすると、キッとした目を向けてきたのだ。私は前世で彼女に何かしたのかと思いながら、入口をくぐり館内へと進みながら軽い目眩を覚えたのである。

「貸切やんけ...座席の変更どうのこうのゆう前に貸切やんけ...」

そう。誰も私以外に客がいなかったのだ。よっぽど戻って、「姉ちゃん知らんやろうけどな、オレは舘ひろしに先生って呼ばれたことがあんねんぞ!知らんやろうけどなすごいねんぞ!知らんやろうけどな...」と、人の褌で相撲をとってやろうかと思ったが、「うそつけ!」などと仮に言い返して来られれば、いよいよ本気にならなければならない。

「だったらググれや!」

と言ってやっても良いが生憎の地下である。iPhoneを確認すると電波が届いていないのだ。 

ー座席の変更はできませんよ!ー

貸切なのに、強い口調で言い切るマスク。電波の届かない携帯電話。ぞくりと背筋がざわつきを覚えた。スクリーンに開演を知らせるCMが流れてもやはり誰も入ってこない。

途中でトイレに行くのもダメなのだろうかと心細く思いながら、観た映画は予想以上のクソであった。

エンドロールもそこそこに、そそくさと退散しようと席を立ちドアを開けた。

私は夢でも観ていたのだろうか。マスクがいないのである。あれだけ睨みつけておいて、いないのだ。心底、座席を勝手に代わらなかったことが悔やまれた。

映画の余韻に耽ることもなく、階段を上がりかけたときだった。目に入った光景が、突然、懐かしさを呼び起こしてきたのだ。

「やっぱりヒロシやでな!」

「なんでやねん!城東のテルに決まってやん!」

今にも、地上から何十年も昔の10代だった頃の自分が、駆け降りてきそうな錯覚に囚われたのだ。

私の仕事は基本的に孤独との戦いなので、寂しいという感情は既にない。だが一瞬、覚えた錯覚に仮に名前をつけるとしたら、もしかするとそれは一抹の寂しさだったのかもしれない。ただ本当にそれは一抹であった。地上に出た瞬間にiPhoneがけたたましいうねりを上げ、現実へと引き戻してきたのだ。

あの頃の私が今の私を見ればなんて言うだろうか。がっかりするのだろうか。それとも興奮して喜ぶのだろうか。答えを考えるのは、野暮というものだろう。なぜならば、いつも今を生きているからだ。フッと小さな息を吐くと、喧騒の中へと入っていった。肌に纏わりつく夜風がすっかりと冷気となっている。

どうやら冬がもうすぐ近くまで、やってきているらしい。

(文・沖田臥竜)

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