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ムショの中の音訳科⁈

実録シリーズ!⑤ムショの中の音訳科⁈【民間刑務所の実態】

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音訳科【前編】

 センターではボランティア活動の職業訓練として、通称「パピー」と言われる盲導犬の育成と視覚障碍者のための「音訳科」があった。
 音訳科は本を見れない視覚障碍者のために音にするという作業だったのだが、パソコンを触っている時間が長いということがあり、当時のオレにはボランティア精神など皆無であったが応募した。
 期間は一年間という長い期間であり総勢60名いた。
 2月と8月に訓練がスタートするのだが2月に30名がスタートし、8月に30名がスタートするという仕組みである。そのため半年先輩の訓練生が必然的に存在する。
 オレは2月からスタートするのだが、なんとその半年前の8月からスタートした先輩訓練生に理容科で暴れたS君と再会したのである。
 約2年振りの再会だったので嬉しかった。
 すでに半年前の仲間数人と筋トレしていたので混ぜてもらった。
 結果的にS君は担当に反抗してまた卒業することはなかったのだが。笑
 音訳科は特に資格とかはなかったし上がる人は結構いたような気がする。
 ここでは1年間という長い期間だったこともあり、刺激的なことも多かった。
 担当もメチャクチャ甘かったというか、オレが他の受刑者とトラブルになっていても
「頼むからもうちょいわからんようにツメてくれや!他の官に見られたら上がってまうぞ。」
と、何かとオレの肩を持ってくれることが多かった。
 まあ、何度も言い合いになって口を聞かなくなることもあれば仲直りしてって感じだったので別に良いオヤジって印象はないが。どっちかといえばめんどくさいなって印象。
 音訳での内容はほとんどPCでの作業だったので説明は難しいがまあ充実はしていたと思う。
 あと、点字を読む練習とかもあった。見ながらは読めるようにはなったが、さすがに触って読むことはできないのであんまり意味がなかった気もする。それにもう覚えてもいない。
 半年後には先輩訓練生としてまた新たに30人の受刑者を迎えるのだが、その際にオレと同期訓練生の中から班長を決めなければいけなかった。
 何かとトラブルの多いユニットだったため、6人くらいは上がっていたので残りは二十数名だった。
 そこで、なんとオレに白羽の矢が立ってしまった。同期訓練生からの何人かに推されもした。さすがに悩んだ。
 悩んだ理由として、担当と気が合わないのがあった。それまでも何かと意見が食い違うし話すのもうっとおしいこともあった。そしてオレは面倒見が良くない。というか気に入った人間以外どうでもいいという考えだった。
 そんなとき、同期訓練生のTが
「オレ、みんなの代わりにオヤジに意見するし班長やらせてもらっていいですか」
と言ってきた。Tはすこぶる真面目なのにオレらとつるんだりと良くわからない男だったが、担当とも仲良いしオレらの意見も代弁してくれそうな感じだったから「まあいいんじゃね?」みたいな空気になってTが班長をやることになった。
 結果、Tは担当にオレらの意見を代弁してくれているものだと思ってたがやはり表面だけの奴は一カ月程でめくれる。
 担当に意見していると思っていたのが結果的に
「オヤジ、お願いします。廣島君達にこう言えって言われたんですよ。これで何も変わらなかったら僕立場ないんですよ。」
みたいな言い方をしてたのだ。
 ただのゴマすり。
 そんなことはすぐにめくれる。というか担当から直接聞いたのだから、担当も担当であると思う。
 もちろんガンガンにツメてTは居場所もなくなってすぐに「点呼拒否」をして上がったのである。
 音訳科の歴史で班長が上がったのは前代未聞だったらしく結構大きい問題になって、担当も罰なのか変わってしまった。
 かといって新しく変わった担当が厳しいのかといえばそういうわけでもなかった。
 何かとオレに相談してきて
「今日の終礼でみんなに〇〇をこういう風に変えていこうと思うって言ってみようと思うんだけど、どう思う?」
みたいに言ってくることが多かったが、オレは自分が生活しにくくなるような提案には
「そんなん決めてもみんなの反感買うだけっすよ。やめた方がいいっす。」
というと
「そうだよなあ」
で終わるような担当だったので過ごしやすいユニットが作れた感もあった。

 そして8月スタートの半年後輩訓練生が来たのだが、ここでもまた残りの刺激的な半年が待っていた。


(文・廣島部長)