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ムショの中のパソコン教室

実録シリーズ!④ムショの中のパソコン教室⁈【民間刑務所の実態】

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 一般工場にいても週一回、午前か午後に職業訓練と言われるPCの訓練がある。基本的なエクセルとワード、更に進める者にはパワーポイントも教えてもらえたが、本当に基本的なことだったしテストがあるわけでもないので休憩みたいな時間だった。
 特にオレは受刑者の中ではPCには少しばかり知識があったほうなので退屈で仕方なかった。しかし、せっかくの5年弱を無駄にしたくなかったこともありオレは本格的なPCの職業訓練に応募した。
 センターでは様々な職業訓練があり、建築系やボランティアの一環として盲導犬の育成、あとは理容師の資格を取れるユニットもあったが、オレは迷わずPCのデータベースに応募したのだった。
 どうせなら社会復帰委した時に役に立つエクセルかワードの勉強をしたかったのだが、エクセル・ワード・データベースが一年に各一回、20名しか行けない人気の職業訓練だったしタイミング的にはエクセル、ワードがなかった。
 データベースがタイミング的には一番早く行ける職業訓練だったため応募した。でも1,100人以上いる受刑者の中から20名しか行けないこともあり行けたらラッキーくらいの感覚だった。結果的には行けたのだが。
 職業訓練に行くことが決まれば必然的にユニットも引っ越しになる。
 引っ越し先のユニットは理容師を目指す受刑者40名とデータベースに応募した20名の混合のユニットであった。
 理容師の職業訓練は期間が2年間ということもあり比較的に長期受刑者が多かったし気が合ったので運動時間や夕方のユニットでの余暇時間は理容の訓練生と過ごすことが多かった。
 ここで仲良くなったのが歳は2つ上の福岡出身のS君だった。
 S君も休憩時間は筋トレに励んでいて、かなり追い込んでいたし体もバキバキにだった。
 ある日S君が夕方の余暇時間に言ってきた。
「廣島君。ごめん明日オレ上がる(懲罰に行く)わ。」
 理容の訓練生は2年間一緒に過ごすこともあり、人間関係は結構最悪だった。でもS君はあと半年もすれば国家試験を受けて、晴れて理容師の資格を取得するという立場であった。もちろんオレは止めた。
「は?何言ってるん?あかんで!あんなん相手せんでえーやん。」
と、何度も説得したのだがS君は首を縦に振ることはなかった。職業訓練中に懲罰になれば、もちろんその時点で職業訓練は打ち切りになり懲罰終了後は一般工場に配役になる。S君と離れるのはもちろん嫌だったしS君にとって必ず良い結果にならないことは目に見えてたのでオレは何としても阻止したかった。
 次の日の午前中の運動時間、オレはS君とS君の相手の場所や動きをずっと気にしていていた。S君が動くとしたら絶対運動時間だと思っていたからだ。運動時間は何も起こらず終わったのでオレはホッとしていた。
 事が起こったのは昼食前だった。職業訓練の時間はオレとS君はもちろん場所が違うので一緒にはいなかった。昼食の時間になると食堂に集まってみんなで食事をするのだが、その日は理容の訓練生の方が先に食堂に着いたみたいで、オレが遅れて食堂に来た時には警備隊が何人も来ていて物々しい雰囲気になっていた。
 運動時間に何もなかったのでオレは安心していたが、その光景を見て愕然とした。
 至る所に血が飛び散っていてS君は返り血で真っ赤な姿のまま警備隊に両脇を抱えられたまま少し笑いながらオレに向かって
「ゴメン!」
っと叫んだ。そのまま連れていかれた。
 相手は顔面グチャグチャで立つことができない状態だった。
 理容科の人間に何人か聞いて回ったが、相手はやり返そうとしていたが何度もカウンターを喰らって、S君は一発ももらうことがなかったらしい。
 S君は事件送致になるとか不良移送になるなどの噂があったのでもうS君とは会うことがないと思っていた。
 結果的には、それから1年半後くらいに別の職業訓練で再会したのであるが。

 何人も懲罰にあがった人間を見たことはあるが、聞いたことも含めてこれが一番大きかった事件ではなかったろうか。だいたい殴り合いの喧嘩になることはほとんどなく、どっちかが話し合いの上作業拒否などをして懲罰に行くので、珍しいケースであったし衝撃もあったのを覚えている。
 刑務所とは言っても出会いがあれば別れもある。刑期が長いものはその回数も増える。
 
 その度に微妙な感情に揺さぶられるのも受刑生活ならではの感覚だったかも知れない。

(文・廣島部長)