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往生の心得

沖田臥竜流「自己啓発」 ー往生の心得ー

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(リード)● 人生には「いまは我慢しなきゃいけないとき」っていうのがある。なんか風向き悪いなとか、いくらやってもうまくいかんなとか、病気とか。そういうときの心持ちをどうすれば良いか


人生はまあまあ長い。その長い年月には、振り返った時に、あの時は本当に辛かった...と感じる瞬間があるだろう。言うならば、不遇のときだ。ただその不遇のときの過ごし方で、後の人生が大きく変わるのは確かではないだろうか。

何をしてもうまくいかない、悪いタイミングが見事に重なる、直感として今は何をやってもダメだと言うのが分かる...そう言ったときに、どうすれば良いか。シンプルに考えれば、答えは2つ。じっと動かずに潮目が変わるまで耐え忍ぶか。それとも失敗しようがどうなろうが、ジタバタしてでも己の力で道を切り拓いて見せるか。
どちらを選択するかは状況にもよるので、一概には言えないが、オレの場合はジタバタしながら、自らの道を開拓してきたように思う。
 
そしていつも「もうダメだ...」と心底、諦めかけた瞬間に、答えを見つけることができた。
どっかに何とかなるだろう、と甘い考えがある内は答えは見つからない。やれるだけのことをやって見て、本当にこれ以上は手詰まりだ、と諦めかけた瞬間に、光が差し込んでくるのである。
何か宗教的なことを言っているが、まあまあ人生はそんなものなのである。何故だか分かるか。
結局、世の中は人と人との集合体で出来ているからだ。

誰がどう見ても無駄なのに、それでも諦めずに顔を真っ赤にしながら、ひとりで悪戦苦闘している姿を見せられたとしよう。最初はバカだなと思いながら、誰も見向きもしないかもしれない。
だが、来る日も来る日も絶望的なのに必死にもがいているのだ。段々、興味を示し出し、中には物珍しさをおもしろがって、応援してやろうという人間が出てきてもおかしくないと思わないか。

その象徴が現代で言うところのYouTubeではないだろうか。そもそもYouTuberは芸能人ではない。根本的に有名人がYouTubeをやらない限り、素人YouTuberに最初から有名な者はいないのだ。

その無名なYouTuberが有名になり、登録者を獲得するまでには、不遇な時代が存在している。
その不遇な時代、今びっくりするような金を稼いでしまっているYouTuberは、来る日も来る日も滑稽なほど、ジタバタしてきていないか。
諦めていれば、誰も見ていないからと配信することをやめていれば、間違いなくそこでYouTuberとしては、終わっていたはずだ。
だが、試行錯誤しながらも、やり続けたからこそ、インフルエンサーを巻き起こすことができたのだ。だいたい、その瞬間というのは、もうこれ以上はダメだ...と諦めかけた瞬間だと思うぞ。

要するに基本的なことで、しつこいくらい頑張り続けていれば、嫌でも誰かの目に留まる。
それがどれだけの期間かかるかは誰にも分からないし、そこに保証なんてものは存在しない。

こうやって書いてるオレにだって迷いは当たり前に存在している。だけど、何かあってもオレは乗り越えようと、ジタバタするだろうと言うことも知っている。
その精神は生まれ持ってのものかと言えば、決してそうではない。46年の人生で培って構築させてきたのである。特にジタバタすることさえできない不遇の時代にだ。それが今のオレの人間形成の基礎になっている。

例えばだ。入院などの闘病生活や監獄生活でも良い。ジタバタしようにもジタバタすらもできない状況というのも存在だろう。

そうした状況では、まずどうすれば良いか。
これも単純である。往生してしまうのだ。そういうときは、無理に心を掻き乱しても錯乱するだけだ。往生してしまうのである。その上で現状を全て受け入れるのだ。心というのは、誰にも何にも縛りあげることはできない。だからこそ、受け入れてしまうのである。
受け入れて急に人間がおもしろいように成長するなんて都合の良い話しなんかはないが、少なくとも楽にはなるはずだ。心が楽になれば、人間きままなもので、今度は希望だって持ち始めるのである。そこまでくれば、あとは仮に闘病生活ならば退院するまで、監獄生活ならば出所するまで、黙って心を磨き、爪を研ぎ続けるだけである。

そこで生まれる感性というのも、必ず存在するはすだ。どうせ動けぬだ。そこは往生してしまい、あとは来るべき日に備えて、黙々と爪を研き続けるのである。もちろん全てがうまくいくわけではないが、何か調子がのらないから、ぼっ〜としていた、という人間よりは、可能性を秘めているのは誰もが理解できるのではないだろうか。

不遇の時こそチャンスとは言わない。ただチャンスに変えることは、誰にだってできるのではないだろうか。少なくともオレはチャンスに変えてきたし、頑張り続けたからこそ見えるものを、全て掴みとってきている自負はある。


(文・沖田臥竜)


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