>  > 沖田臥竜流『自己啓発』  ー無駄な努力を無駄で終わらさないためにー

沖田臥竜流『自己啓発』  ー無駄な努力を無駄で終わらさないためにー

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

image0.jpeg(リード)●夢を叶えるために、成功するために努力が必要なのはわかってるけど、その努力ができない。継続ができない。どうすればいいのか。


バカではなかろうか。夢を叶えたければ最低限、人が真似できないほどの努力が必要となってくる。
それだけの努力をしたとして、も夢を実現させれるのは、当たり前だが僅かな人間だけだ。
仮にどれだけ努力して夢を叶えたとしても、人間と言うのは、誰しも純粋に生きているわけではない。中には努力もせずに、人の成功する姿だけを見て、妬みや嫉妬を滾らせる人種が存在する。

特に今のネット社会はその傾向が強いと言えるだろう。
努力が嫌だと言うことはだ。そういった人間として底辺の人種と変わらない。何故だか分かるだろうか。現実を受けとめて、コツコツと生きている人々は、大きな夢を描かないからだ。逆にそう言う人々は、人の成功を喜べたり、凄いと言えたりするのである。
いつも卑屈に文句や嫉妬、文句や妬みと思わずに、「お前は何様なのだ」と言うようなことを言い続け、似たような人種と群をなし、悦に入っている者は、夢はみたいけど努力するのは嫌だ、と思っている人間である。

はっきりと言ってやる。努力するのができないのならば、夢は寝てるときだけにしておけば良い。
実際、夢を実現させる、追いかけるというのは、どんな夢であったとしても甘い話しではないのだ。

オレは7年間、1日も欠かすことなく、読む、写す、書く、と言う作業を小説家になるために継続させた。
平日は3時間。土日、祝、三ヶ日にクリスマス、盆休みは、だいたい10時間は、読む、書く、写す、をやっていたと思う。辞書だって朝起きると最低、毎日5ページを音読させていたので、3往復はしたのではないだろうか。

小説家になるための人脈もツテもやり方も知らなかったし、そんなことを続けても小説家になれると言う根拠なんて更々なかった。

油断すれば、ーそんなことをしてどうするのだ、やめとけ、やめとけーと、もう1人の自分が囁いてくるのだ。

実際、周囲から「無理やって〜」とハナで笑われるよりも、自分自身の内面に宿す、弱気な気持ちの声の方が、気持ちを継続させるのは困難なのだ。何故だか分かるだろうか。
それは、自分自身の頑張りだけは、自分自身しか知らないからだ。自分自身と言うのは、自分が頑張っていることも、努力していることも一番見ている反面、自分がサボったり楽したりしていることも一番知っているのだ。当たり前ではないか、自分自身なのだから。

嫌なことがあった日やうまくいかなかった日は、「もうやめじゃやめじゃ...」と言いながら、床についた。だけど、いつも自分に問い質していた。

ー本当にやめてよいのか。これまでのように諦めて良いのかー

そして、思い描くのはいつも、オレの小説が映画化されて、劇場で主題歌が流れ、全く知らない人々が涙を流すシーンだった。
諦めそうになった夜でも、オレはそのシーンを脳裏に何度も何度も描き続け、ムクっと起き上がりペンを握り続けたのである。筋トレで自我を紛らわすこともやっていた。書けない日には、とにかく上手いと思う小説家の小説を写し続け、少しでも書けるように、気持ちや発想を転換させ続けた。

武道と同じく、続ければ続けるだけ、本当に自分の腕が上がっているのか、分からないようになってくるものだ。そんな時は、自分を信じれば良いのだろうけれども、自分自身が信じる足りない人間であることは、自分が一番知っていた。
それでも、もう小説家になる未来しか描いていなかった。ずっと印税の計算ばかりしていたのだ。
まさか小説がこんなにも儲からない商売だと知らなかったので、無知で本当に良かったのかもしれない。

ただこれだけ努力すれば、どんな夢でも叶ったのではないかと言うくらいは努力してきた自負はある。

もちろん現実的に無理な夢は、辞めて置かねばならない。30歳を過ぎてプロ野球選手になるとか、資格の年齢を過ぎているのに、自分ならいける、と血迷ったことは考えるだけで無駄である。
奇跡なんてまあまあおきない。努力すれば何だって叶うわけじゃないのだ。夢を少しでも叶えたいと思うならば、ちゃんと現実のルールをクリアしているかどうかをまず確認し、そこから努力していかなくてはならない。

努力が嫌だと言うのであれば、仕方あるまい。
一つだけヒントをやろう。今やりたいことを頭に描くと良い。例えば、好きな子と付き合いたいとか、良い生活がしたいとか、大金持ちになりたいとかで構わない。そのためには、どうすれば良いか。見た夢を叶えて、「すごいね!」と言わせてやれば良いのである。

努力を続けるのもセンスである。こうなればこうしよう、こんなことが脳裏を掠めればこうやってやり過ごそう、と常に考えてなければならないのだ。夢を見続けるのはなかなか大変で、そこそこ割に合わないものなのである。それが嫌だと言うのならば、せめて人の成功したストーリーを喜べる人間になった方が良いだろう。 

それでは納得がいかない、と言うのならば、上がってこい。上がってきたら良い。上がるには、努力がいると言うことが分かるはずだ。

ただひとつだけはっきりしていることを言ってやる。

夢を叶えてくれるのは、他人ではない。自分自身なのだ。それは時代や職種に関係なく、共通するところなのである。

(文・沖田臥竜)