>  > エッセイ『10年前の君へ』③文・沖田臥竜 ◯尼崎に錦の旗を
尼崎に錦の旗を

エッセイ『10年前の君へ』③文・沖田臥竜 ◯尼崎に錦の旗を

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

image0.jpeg
◯尼崎に錦の旗を

熱い夏が通り過ぎたような心地よい錯覚を持て余している。心地よいながらも持て余しているのは、そこに虚無感が存在しているからだろう。

燃え尽きた。大人になると、まあまあ後先を気にしてしまうので、燃え尽きる感覚に出くわす機会がそうそうないのだが、完成に燃え尽きてしまっている。

燃え尽きてしまっているというのに、食べていく為の原稿は書かなくてはならないし、オールアップと同時に、締め切りを告げられてしまった。

世知辛い世の中である。


ドラマの仕事を2本同時にやっていた。一本はハリウッドドラマだったので、燃え尽きることもなく通り過ぎ、オールアップした6月8日までオーダー通りの仕事を淡々とこなしていた。
とにかく撮影中、何度もPCR検査を受けさせられるので、ほとんど現場に近寄りもしなかったのだが、ハリウッドドラマで唯一、印象に残ったことがあった。

それはロケ先での収録シーンのこと。2メートル近くはあるだろう白人が、丸太のようなごつい手をオレの目前に構え、カチンコをセットしてきたのだ。時間にして5分はあった。
その間、カチンコはずっとオレの眼の前で静止している。距離にして5センチ。額には薄く汗が浮かび上がっていた。突然だった。突然、白人がカチンコを鳴らし、「アクション」と声を張り上げると、そこから至る所で「アクション!!!」の雄叫びが上がったのだ。

ーアクションなんて、、、オレできないよ、、、ー

場違いなことをオレは遠のきそうな意識の中で考えながら、ーレディーゴーじゃないねんな...ーと思っていたのだった。

小説を書いて20年になる。ペンを握った時に、自分に言い聞かせたことは2つ。一つは絶対に本を出すと言うこと。
おかげさまでその想いは現実となり、7月の出版と9月の出版まで数えると、14冊目となる。

次に言い聞かせたことは、自分で書いた小説の映像化であった。
どうせやるなら、私の地元の兵庫県尼崎を中心で撮影しないと意味がないと思っていた。無理だとか出来る出来ないの話しではない。やるならば、尼崎でやらないと意味がないと思っていたのだ。

本来、物書きという職業は、至極地味な商売である。華やかな場所なんて、はっきりいって皆無である。本を売る為にテレビにも出ては見たが、効果はゼロ。苦痛しかなかった。
そもそも地味を神髄している物書きがテレビなんかに出ると「あいつテレビに出たいんだな〜」なんていらぬ誤解を招いてしまう。本も全く売れないのにだ。出ないにこしたことがないではないか。
ただ、作品を映像化にしなくては、意味がないとずっと思っていた。


尼崎を舞台に撮影するということは、予算面から考えても大変な苦労があった。
それでもだ。本当にさまざまな人たちが、尼崎で撮影するという想いに賛同してくれ、それが実現し、オールアップを迎えることができた。
とんとん拍子で進んだように思われるが、それでも、まる1年の月日をオレはこの作品に打ち込んでいる。

悲願の末、ようやくクランクインできるかと思うと、イン直前にコロナ禍での延期を余儀なくさせられることになり、誰もが脳裏に、やはり無理ではないか、という思いをを充満させていた。

だけどオレは諦めるつもりはなかった。ここまで随分と諦めて生きてきた。もう充分だった。意地でも諦めるつもりはなかったし、ここで燃え尽きても、必ずインしてやると執念のように考えていた。


撮影中、自分の足跡を丁寧に確かめるようになぞり続けた。現場となった場所の一つ一つに、思い出が詰めこまれていた。小さな時に遊んだ公園、歩いた街角、見た景色。至る所で、オレの胸は鷲掴みされることになった。

思いがけない発見は、地元の塚口でのこと。あれだけ走り回った通学路が一瞬、見たことのない景色に感じたのだ。何故か。それは視点の高さにあった。
あのころ、無邪気に見ていた視点と高さが明らかに違うのだ。背丈の問題ではない。背は今の方が断然高い。なのに今のオレの視線の方が断然、低いのだ。
いつの間にかオレは、下を向いて歩くようになっていたのだった。それが見る景色の風景を変えていたのだ。

子供の頃のオレは、いつも広がる青い空を見上げていた。無意識だった。それが大人になるとだんだんと視線が下がってしまっていた。
降り注ぐ陽射しに戸惑いを覚えながら、無邪気な子供だった頃の自分と、今の自分を見比べていた。失くしたものと手にいれたもの。どちらが多いのだろうか...。


スタッフにキャスト。監督陣にプロデューサー、TV局に出版社、企画プロデュースの盟友。みんながみんな本当にオレに優しくて、オレのわがままに最後まで付き合ってくれた。
そんなみんなのことがとてつもなく、愛おしく思えた。それはどこかで昔に感じた感覚だった。
そう、学生時代に感じた修学旅行だ。
普段、口を聞くこともないクラスメートとの距離がグッと近くなる瞬間。あの距離感が撮影中、ずっとそこにあった。

オレは良くも悪くもオレのままで、もう今更、オレの生き方を変えようとは思わない。妥協もしない。良くも悪くも46年付き合ってきたのだ。
ずっとこのままで行こうと決めている。損するとか、迷惑だ、とかまで考えて生きて行く気は更々ない。
だけど、努力だけはずっとし続けると決めている。成功なんて分からないが、それでも目指している場所は漠然と存在している。
早くゆっくりしたいけど、まだ走り続けていると思う。

色々なことはまだ話せないけれど、この子だけは、どんなことをしても有名な俳優にしなくちゃいけないという子がいる。
世間的にその子の名前【藤井陽人】のことは、まだ認知されていないかもしれない。
だけどこのドラマで、誰もが彼を認知してくれるのではないだろうか。それだけの努力を今回、彼はやり続けた。
オレは絶対に育てている子のことを褒めないけれど、彼が何よりも頑張ったことをオレが一番理解している。


人生なんてどうなるか分からないが、祈ったり願ったりするだけでは何も変わらないことを知っている。辛くとも理解されなくともどうでもよい。ただ努力する。そうすれば、報われる瞬間があることをオレはあらためて感じることができた。


本当にびっくりするくらい色々なことがあった。一生の記念になるサプライズイベントもみんなにやってもらった。

作品に携わってくれた一人一人のお陰で、ずっとオレは幸せの中にいることができた。

来年には、オレの原作小説の映画化も控えているし、その他の既に決まっている映画の仕事や、これから仕掛けていく映像化に向けた作品もある。

だけど今はみんなと作った想い出の余韻に浸りながら、泥のように眠りたい。
また、会える日まで。

追伸
Netflixにて24日より「全裸監督2」が配信される。少しオレも仕事で携わっていたりする。


(文・沖田臥竜)