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時効撤廃

②■平成三大コールドケース『上智大生放火殺人事件』ー時効撤廃ー

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◯撤廃

平成三大未解決事件の中で、「柴又3丁目女子大生放火殺人事件」は、他の2件(世田谷一家殺人事件、八王子スーパーナンペイ拳銃強盗殺人事件)に比べると、同じ残忍な凶悪犯罪でありながらも、被害者のかたの人数という点で見れば、やや異色になっている。

もともと「柴又3丁目女子大生放火殺人事件」 は、三大未解決事件には数えられていなかった。
当初、三大未解決事件として数えられていたのは、オウム心理教に関する一連の事件だったのだ。そしてオウム事件が終結したことで、「柴又3丁目女子大生放火殺人事件」が入ることになるのだが、東京都内だけでも他に多くの未解決殺人事件が残る中で「柴又3丁目女子大生放火殺人事件」が捜査対象として、大きな扱いを受けることになるには理由があった。

その理由とは、順子さんの父親、小林賢二さんの熱心な活動にあったのだ。その活動とは時効の撤廃。
殺人事件被害者遺族として、殺人などの凶悪犯罪の時効の撤廃を、他の未解決事件の被害者の遺族の方々と連携し、共に声を上げ続けたのだ。
そして、遂に2010年、刑事訴訟法が改正されることになったのだ。
そういった活動により、オウム事件の捜査終結後、「柴又3丁目女子大生放火殺人事件」が「三大事件」に数えられることになったのだった。

それは何の落ち度もない娘さんを殺害された父、小林賢二さんの執念とも言えるものではないだろうか。

『葛飾区柴又3丁目女子大生放火殺人事件
【概要】
1996年9月9日午後4時40分ごろ、東京都葛飾区柴又3丁目の小林賢二さん宅が全焼。駆けつけた消防隊員によって小林さん方宅2階から、上智大外国語学部4年生(当時)だった小林順子さん(当時21歳)が救助されるのだが、その時、順子さんは既に死亡。救出された際、被害者の順子さんの手は粘着テープで縛られており、首には刺し傷などがあったことから、警視庁捜査一課では、直ちに殺人事件として亀有警察署に特別捜査本部を設置。
だが、事件は未解決のまま23年が過ぎ「世田谷一家殺人事件」「八王子スーパーナンペイ拳銃強盗殺人事件」と並んで、平成三大未解決事件として扱われることとなった。現在でも専従班によって捜査が続けられている未解決事件』

現在に至るまで、「犯人」に繋がる可能性が最も高いとされているのが、事件前に小林さん宅をじっと見ていたレインコートの男の目撃情報ということになる。

警視庁捜査一課では、事件発生直後からこの男の特定を第一に掲げて、徹底した聞き込み捜査を進めている。こうした聞き込み捜査や、地域住民による情報提供は、捜査本部に多数寄せられた。 

まずレインコートの男に似た男は、出火直前の午後4時30分過ぎに、小林さん宅付近から、えらく慌てた様子で京成柴又駅方向に走っていたことを目撃者によって確認されている。
他にもこの男でないかとする男が、午後4時ごろに小林さん宅から50メートルほどしか離れていない公園付近を柴又駅の方に走っている姿が目撃されている。

そしてちょうど同じ頃には、レインコートの男ではない中年の男が、小林さん宅をじっと見て立っていたと言う目撃情報もあった。
更に不審な男の目撃情報は続く。

午後3時ごろ、小林さん宅周辺をウロウロしていた男。
小林さん宅のすぐ近くの交差点を何度も自転車で行ったり来たりしていた若い男。
京成高砂駅で「柴又3丁目はどこですか?」と聞いていた男。
この日の昼過ぎに近所の主婦を尾行し、家の前でライターをいじっていたという男。

葛飾区柴又という下町は、昔ながらの地域住民同士の繋がりが根強く残っており、そのお陰でこうした不審者が目立つ環境にあった。
だからこそ数多くの目撃情報が集まることになるのだが、まだ今のように防犯カメラも整備されていない時代のことだ。人の記憶に基づく証言を辿っていくことにはやはり限界があり、どれも犯人の特定に至る情報とまではいかなかった。

ただ、順子さんの周辺では、数日前から何かが起こっていたと報道したメディアもある。
それは事件の10日前。
深夜に順子さんが、不審な男に後をつけられていたとする情報であった。
それが順子さんを狙うストーカーだったのかは、今もっても判明していないのだが、一つの推論としては、順子さんを付け狙う誰かしらが存在し、順子さんも何らかの危険を感じていた様子があったというのである。当然そうした経緯は、捜査一課でも把握することになるのだが、事件当日。順子さんは、たった1人で渡米のための準備をしている。
小林さん一家は4人家族。出火時に父、賢二さんは出張で福島県におり、順子さんのお姉さんは仕事に出ていた。最後に順子さんと会話を交わしたのは、順子さんのお母さんとなるのだが、この時の時刻は午後3時50分。出かける直前に、順子さんに声をかけた際、順子さんは普段と変わらない様子だったと事件後に話している。

数日前から、何者かが順子さんを付け狙っていた可能性についてだが、犯人が逮捕されていない以上、事実はもちろん分からない。だが、順子さんが何者かに付け狙れていると実際に感じていた可能性は、こうした背景からも低かったのではないだろうか。


犯行時間は、最後に順子さんと会話したお母さんが家を出た午後3時50分から、出火した午後4時40分の間ということになる。
この50分間の間に、一体何が順子さんの身に降りかかったのか。

警視庁捜査一課では初動捜査から、二つの線で犯人を追いかけていったのである。

(文・沖田臥竜)