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不審者の足跡

①■平成三大コールドケース『上智大生放火殺人事件』ー不審者の足跡ー

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◯不審者

時刻は午後3時50分をさそうとしていた。
小雨が降りしきる中、傘もささずにレインコートを着た身長160センチ程度の小柄な男が、じっと表札を見て佇んでいる。
男の表情や仕草には、傍目にも切迫していることが見てとれる。

その後、男がじっと見据えていた小林賢二さん宅からは、全焼するほどの火の手が上がり、凄惨な現場と化すのであった。


『葛飾区柴又3丁目女子大生放火殺人事件
【概要】
1996年9月9日午後4時40分ごろ、東京都葛飾区柴又3丁目の小林賢二さん宅が全焼。駆けつけた消防隊員によって小林さん方宅2階から、上智大外国語学部4年生(当時)だった小林順子さん(当時21歳)が救助されるのだが、その時、順子さんは既に死亡。救出された際、被害者の順子さんの手は粘着テープで縛られており、首には刺し傷などがあったことから、警視庁捜査一課では、直ちに殺人事件として亀有警察署に特別捜査本部を設置。
だが、事件は未解決のまま23年が過ぎ「世田谷一家殺人事件」「八王子スーパーナンペイ拳銃強盗殺人事件」と並んで、平成三大未解決事件として扱われることとなった。現在でも専従班によって捜査が続けられている未解決事件』


葛飾柴又といえば、映画「男はつらいよ」シリーズの寅さんの地元として有名だが、現在の暴力団対策法に基づいた暴力団排除条例に照らし合わせて考察すると、主人公の寅さんですら暴力団員ということになってしまうのではないだろうか。

それはさて置き、柴又の街並みは「男はつらいよ」シリーズの中でも度々、映し出されており、日蓮宗の寺院の通称である柴又帝釈天や参道は、映画の中でも、毎回お馴染みの風景となっている。

事件後となった1999年には、地元商店会と観光客の募金などによって建てられた京成柴又駅を振り返る「フーテンの寅」像が設置され、山田洋次監督の

ー寅さんは損ばかりしながら生きている 江戸っ子とはそういうものだと 別に後悔もしていない
人一倍他人には親切で家族思いで 金儲けなぞは爪の垢ほども考えたことがない(後略)ー

と言った言葉が、足元のブロンズ像に刻まれている。
そして2017年には、スクリーンの中でまた恋に破れ、いつものように故郷を後にする兄の寅さんを呼び止める妹のさくら像も建立され、土日ともなれば帝釈天と共に観光地にもなっている。

駅前には小さな商店街。中には肉屋に惣菜屋、パチンコ屋や小さなスーパーが軒を並べ、周辺は一方通行の多い細い路地が雑然と張り巡らされており、典型的な懐かしい「東京の下町」の風景が現在も色濃く残っているのだ。

そんな風情ある駅前から、歩いて5分とかからない喉かな住宅街で、今から23年前。未だに解決の見ない凄惨な事件が起きたのであった。

火災が起きたのは、小雨降る夕刻であった。出火20分前となる午後4時20分ごろには、複数の近隣住民たちが小林さん宅の方角から、響くような低い音を4、5回聞いていた。この物音は何者かに襲われ、抵抗した順子さんと犯人が揉み合った際に生じた衝突音でなかったかと後に推測されている。

事件現場となった小林さん宅は、モルタル2階建てで、1階2階合わせて約90平方メートル。木造住宅が密集する一画にあった。火の手が上がった2階には東西方向に3部屋があり、順子さんは西端の両親の部屋で、口や手足を粘着テープで縛られた状態で発見されており、首右側には数箇所の刺された傷があった。

殺害された順子さんは、この日の2日後に10ヶ月の留学のため、米国シアトルへと飛び立つ予定であった。その為その日も自宅で渡米の準備をしていたのだった。
中学生時代から英語の成績が良かった順子さんは、江戸川区の女子高から上智大へと進学し、大学では英語を専攻。入学後には、ボランティアで中学生に英語を教えることもあった。そして大学卒業後には、マスコミへの就職を考えるなど、聡明な女子大生であったと言われている。
そうした順子さんの夢と未来を、何者かが凶行の末に奪い去ったのだ。

決して、未解決事件で済ませてはならない事件だ。
その想いは、事件を担当することになった警視庁捜査一課の捜査員、全ての思いとなっていると言えるだろう。


(文・沖田臥竜)