>  > 『茜いろの日々』沖田臥竜エッセイ ー外出自粛とYouTubeー
◯ S倶楽部

『茜いろの日々』沖田臥竜エッセイ ー外出自粛とYouTubeー

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

◯ S倶楽部


そもそも私は過去に何年も何年も三畳一間に閉じ込められていたので、当たり前に湧き上がる先行きの不安や葛藤。そして嘆きには慣れている。
そこから自力で自身に希望を持たせて、道を切り拓いてきたりもしてみせた。
当時、娯楽があまりにも乏しい環境であった為に、希望といっても容易いことではなかった。
だが娯楽が極端に制限されていたからこそ、選択肢は限られていた。今思うと逆にそれが良かったのかもしれない。
私にとって希望となったのは、書くことであった。

時間潰しの為に覚えた読書は、楽しみへと変わっていき、「いつかオレも小説を書いて本を出したい」という思いに駆られるきっかけとなった。
これが私にとっての希望となるのだが、それを今では仕事にできている。


緊急事態制限が発令され、現在外出自粛要請がかけられた。国民個人個人に営みがあるように、事情だって人によって様々だ。それでも自分だけではなく、他に感染させる恐れがあると言われてしまえば、そんな個人の事情すらも関係なくなってしまう。
要するに現在の状況は自分の命もさることながら、他者に感染させる恐れがあることが優先され、外出自粛要請、休業要請に対する担保となってしまっている。
穿った見方をして不満を述べているのではない。客観的に実情を書いているのだ。それは致し方ないことでもあるだろう。
ただ予想通りやってくる最悪の現実に、何もせず指を加えて嘆いていても仕方がないのではないだろうか。私はそういった環境の中から、メシの食う方法を編み出してきたのだ。

仮に私に存在意義のようなものがあるのなら、それはこうした「いざと言う時」だろう。
いざと言う時、私の周囲は手前味噌で恐縮だが「沖田がいる」と誰しもが思っている。逆に言えば、いざと言う時以外は用が無い存在だとさえ言える。寂しいものである。だけど私としても、そのいざと言う時など来ない方が良いに決まっている。だが来てしまった。

毎日のように様々な相談ごとが寄せられる。とてもじゃないが、普通にやってれば1人1人の不安を払拭してやることはできない。

ー遂に機は熟したかー

関連している会社に開設してもらっていたYouTubeを始動させることにしたのだった。

誤解をまずは払拭させて欲しい。私のYouTube観覧歴は10年を超えている。
昨日今日観て、「YouTubeは金になるからやろう!」などのレベルではない。すんげえつまらない動画を、まだ動画再生時間が最長15分の時代から、折りたたみの携帯で観てきていた。
なのでYouTubeに広告が入り、YouTuberたちが「これは金になるのではないか!」と歓喜の声を上げた時期も知っている。
実際、何人かにやるように勧め、やらせたこともあった。だが誰もが諦めてしまう。それは私も然りであった。誰もそこまで切羽が詰まっていなかったし、「そう易々と上手くはいかない」という考えが定着してしまっていたのだ。

「あぁ、あの時やっていればー」と思った瞬間は何度もあった。だがそれを自分で演じてやることには、凄く抵抗があったのだ。率直に自分では、やりたくなかったのだ。

そうした中でコロナ問題が席巻し始めたので、私は自身が顧問を務める芸能プロダクションから、「この子ならおもしろいしいける」というタレントを探し出し、着々と準備を進めてはいたのだった。だが、それがある事情から頓挫することになってしまう。
その時に思った。

「やりたくないことをまずは自分でやっていかなければ何も始まらない」

書くことにおいてもそうだった。仕事としてやる以上、私の書きたくない、書きたいは実際、売れてからの話しで、要は今の自分のどこに需要があるかがもっとも優先される。

ならば適任者が見つかるまでは、私が繋ぎでもやらないと携わる人々のモチベーションに影響も出てしまう。そこで緊急事態制限に合わせてYouTubeをみんなでやることになった。

余裕があるときは、片手間で新しい何かをやろうとしても本気になれない。だけど現在の状況は、携わる人々が意地でもカルテルにしなければならないという空気が充満している。
金になるとかならないとかではなく、その情熱やその情熱を見て、「だったらオレも協力するで」という雰囲気がとにかく居心地が良いのだ。
私はノートにただ殴り書きしていた言葉を十数年かけて、金に変えてみせた。それを足掛かりにネットワークを構築させ、情報社会という分野ではそこら辺のジャーナリストやコメンテーターには絶対に負けることはない自負もある。
底辺からの出発だったので随分と長くかかったが、メシの食べる方法は自分で覚えることができた。
初めてもらった原稿料は、十数年かけて三千円だった。だけどその喜びは何よりも大きかった。

不安で辛い境遇だからこそ、みんなでその喜びをもう一度、味わいたいと思っている。

チャンネル名の「S倶楽部」は、攻め続けることを意味している。
内容は一切、攻めずにやっていくのだが、姿勢だけは常に攻め続けて、いつか倶楽部をカルテルに変えてみせたいと思っている。

(文・沖田臥竜)