>  > ⑦■ 放火か事故か『新宿・歌舞伎町雑居ビル44人死亡火災』⑦ひまわりの会
ひまわりの会

⑦■ 放火か事故か『新宿・歌舞伎町雑居ビル44人死亡火災』⑦ひまわりの会

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◯向日葵


被害者の工務店経営者、丸山寿治さん(当時70歳)が殺害されたのは板橋区赤塚6丁目の閑静な住宅街であった。殺害された丸山さんの自宅は、東武東上線の下赤塚駅から400メートルほど離れた場所にあり、宅配業者を装って殺害されたという事件は、周辺地域の人々にも衝撃をもって受け止められることになる。
更に事件当時、近隣住民からは、発砲音が響き渡った際、「男の笑い声が聞こえた」という証言も捜査員に寄せられていた。

捜査はその後、大きな進展を迎えないまま2週間が経とうとしていたのだが、今度は東京都武蔵村山市で銃声が上がるのである。犯行手口は、丸山さんが殺害された状況と同じく、この時も中身の入っていない段ボール箱を持った何者かが宅配業者を装って、対応にあたった当時75歳の男性に拳銃を発砲し重症を負わせたのだ。

丸山さんが殺害されてから僅か2週間足らずのこの事件を、捜査本部では関連事件として捜査することにもなっていく。
そうした捜査の中で、事件発生直後から宗教団体とも言える占いグループが炙り出され、捜査線上に浮上していた。

そのグループの代表はY。殺害された丸山さんの長女、笠原友子はYに心酔してしまっており、Yが代表を務める「ひまわりの会」や「向日葵」などと呼ばれていたグループにのめり込んでしまっていたのだった。


【概要】
『歌舞伎町ビル火災
2001年9月1日午前1時ごろ、東京都新宿区歌舞伎町一丁目の雑居ビル「明星56ビル」(地上4階、地下2階)が爆発音を轟かせて出火。
東京消防庁は、梯子車などを含む消防車と救急車を約100台出動させたのだが、沈下させるまでに5時間40分を要することとなる。逃げ遅れた44人もの人々が一酸化炭素中毒や全身火傷を負い死亡。死亡者数で言えば、1982年2月に発生したホテルニュージャパン(東京)での火災(死者33人)を上回る戦後5番目の大火災』


歌舞伎町ビル火災が9月に起き、6月には板橋区で資産家の工務店経営者の丸山さんが殺害され、その2週間後には、武蔵村山市で75歳の男性が拳銃で発砲されて重傷を負う事件が起きた2001年。
その年の1月に「ひまわりの会」は、100人以上を東京都江東区に集めて、イベントを開催させている。これがあとに、「ひまわりの会」の全盛期には、熱心な信者が100人以上いた、と報じられる所以である。そもそもYが代表を務める「ひまわりの会」は、いわくつきの団体であった。
利用者に姓名判断や運勢相談をして金銭を集めたり、過去には祈祷や独自で作成した「おふだ」を高値で売り捌くなどして、購入者たちとの間でもトラブルに発展していたこともあったのだ。
それでも代表のYに心酔する信者がいたのである。

SNSの普及により、情報の瞬発力や拡散力は考えられないほどの発展を遂げた今でこそ、新興宗教や高値で何かを売りつけてくる胡散臭い占いグループや祈祷師に、拒否反応が定着した側面がある。
ただ、その傾向はある種、形や呼び名を変えて現在も存在している。
それが会員制の有料オンラインサロンなどである。見方を変えれば、金銭を支払ってでも支持する人々というのは、信じる者。つまり信者となる。それは何もオンラインサロンだけではないだろう。Twitterなどでも起きている現象だ。大勢のフォロワーを持っているアカウントが自分の意に沿わない不愉快なコメントなどに対して、わざわざSNS上で晒すように批判し、あとは熱心なフォロワーが自動的に吊し上げるように仕向けていく。そうした熱心なフォロワーを募り、結局は有料のインターネットに繋げていくのだから、この現象はSNSを使うことによりスマートに見えるだけで、宗教化しているさえ言えるのではないか。

そもそもTwitterなどでもそうだが、なぜミュート機能やブロック機能がついているのか。それは醜い論争や他者を巻き込むような諍いを防ぐためのものだったはずだ。そういった機能を無視し、わざわざ先導して、納得し難いコメントに対して、怒りをあらわにして大勢で吊し上げるツールにしてしまっている。

ただそれでも熱心に支持する人間がいるからこそ、成り立ってしまうのだ。ここが宗教化してしまっている側面なのである。


殺害された丸山さんの長女、笠原友子もそうした熱心な信者の内の1人であった。

事件の3年前にYと知り合った笠原は、子供の進学などをYに相談するようになっていき、Yから1000万円以上を支払って、水晶玉や印鑑を購入している。その資金は、殺害された笠原の父親の丸山さんが出していた。このような経緯からも、丸山さんが娘の身を案じ、手元においておく為にも同居を促したとしてもおかしくないだろう。
でなければ、いくら資産家とはいえ当時44歳にもなる娘のために、1000万円以上も出して、水晶玉や自作のおふだなどを買ってやるだろうか。

だが、対するYにとっては、笠原が格好の的となってしまうのであった。
そして相談ごとは子供の進学から、やがて丸山さんの遺産相続に及ぶようになってしまう。


全ての悲劇の扉が開く瞬間があるとするならば、まさにこの時となっていくだろう。


(文・沖田臥竜)