>  > ⑤■ 放火か事故か『新宿・歌舞伎町雑居ビル44人死亡火災』⑤宗教団体
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⑤■ 放火か事故か『新宿・歌舞伎町雑居ビル44人死亡火災』⑤宗教団体

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◯ 占い師

火災から5年後となる2006年。「明星56ビル」は解体され、屋台村などが入ったのちに今では、韓国料理屋が入っている。だが東京消防庁からビルの使用禁止命令が出されたその場所には、もうビルは建っていない。そのため周囲のビルから見比べるとそこだけが、ポッカリと穴の空いた異空間の様相を呈している。確かに今から19年前その場所は、凄惨な修羅場の地獄絵図となったのであった。
亡くなられた方々の中には、そのままの姿で運び出された人たちが当時、カメラにとらえられてしまってもいる。

事件後、立ち入り禁止となっていた解体前の「明星56ビル」内を写真週刊誌が掲載したこともあった。
当時その侵入手段が、一部で問題視されたこともあった。何故ならば、隣のビルから飛び移り、ビル内の写真を撮ったのではないかと指摘されたからだ。

また事件後、1階の無料案内所「ナイタイ」のオーナーが俳優の故・石立鉄男さんだったのではないかと報じられたこともあった。

更に明星56ビルのオーナーが2003年2月に業務上過失致傷罪などで逮捕、有罪(他にテナントの経営者5人が逮捕。内1人が無罪)判決を受け、民事では被害者の遺族から、10億以上の損害賠償訴訟を起こされることになったのだが、そのオーナーが数年後に再び、復活してきたと噂になったこともあったのだった。

【概要】
『歌舞伎町ビル火災
2001年9月1日午前1時ごろ、東京都新宿区歌舞伎町一丁目の雑居ビル「明星56ビル」(地上4階、地下2階)が爆発音を轟かせて出火。
東京消防庁は、梯子車などを含む消防車と救急車を約100台出動させたのだが、沈下させるまでに5時間40分を要することとなる。逃げ遅れた44人もの人々が一酸化炭素中毒や全身火傷を負い死亡。死亡者数で言えば、1982年2月に発生したホテルニュージャパン(東京)での火災(死者33人)を上回る戦後5番目の大火災』


2001年6月9日。東京都板橋区で宅配便を装った男に、対応にあたった工務店経営者の男性が拳銃で撃たれて死亡するという事件が起きている。
被害者の男性は当時、ある宗教団体とトラブルになっており、2年後の2003年1月。工務店経営者の男性を殺害したとして、男性とトラブルになっていた宗教団体の代表ら幹部が次々に逮捕された。
逮捕された中には、殺害された工務店経営者の男性の長女も含まれており、事件そのものが殺害された男性の長女からの依頼によるものであったことが浮き彫りとなってくるのである。

実の父親の殺害を宗教団体に依頼した長女は、その団体の代表に心酔していたのであった。
そして依頼先となった宗教団体と被害者男性の間には、認識の違いから金銭絡みのトラブルが生じていたと言われているのだ。

この団体は霊感商法まがいの活動が指摘される一方で、全盛期には100人を超える熱狂的な信者が集まっていたと言われており、特に代表の交友関係は幅広く、その中には有名人などもいたことが後にクローズアップされるのであった。

一方で暴力団との交友関係の影もあったと言われている。現に被害者男性を殺害するのに使われた拳銃は、暴力団員から購入したもので、後に殺害に使用された拳銃を売ったとして、現役組員が逮捕されている。
また男性を殺害した実行犯グループの中には、無職の外国籍の男の他に、外国籍の元暴力団組員も含まれていた。

娘が自分の父親の殺害を依頼すること自体、歪な背景があったことが分かるのだが、その歪な背景はある繋がりから歌舞伎座ビル火災が起きた「明星56ビル」にまで、点と点で繋がっていってしまうのだ。

その点となるのが、父親の殺害を依頼した長女にあった。長女の旦那が火災の起きた麻雀ゲーム店の実質的オーナーだったと言われていたのだ。
そしてこの依頼殺人を巡って、別のトラブルが起きていたのではないかと当時、考えられたのだ。

そうした中で起きたのが歌舞伎町ビル火災であり、火災の火元と見られたのが麻雀ゲーム店の入っていた3階であった。
工務店経営者の男性が殺害されてから、僅か3ヶ月後のことであった。

果たしてだ。これはただの偶然であったのか。
仮に放火であったとして、麻雀ゲームに負けた客が腹いせに火をつけたというような単純なものであったろうか。確かに麻雀ゲーム店のレートは高かったと言われているが、それは他店の違法賭博場とそこまで大差はなかったはずだ。それに麻雀ゲーム店に常日頃から通っていたのなら、犯人を特定することも容易であったはずだ。
だが逆に「明星56ビル」とは何の接点もない人物が火を放ったとなれば、犯人を割り出すのは困難になってくる。つまり板橋区で起きた依頼殺害のようにだ。

「少なくとも当時、あの火災に関わった捜査員の大勢は、あれは事故ではなく放火だった、と考えていたのは間違いない」

それは、ある関係者が私に語った言葉であった。実際、その可能性があるからこそ、捜査こそされていない現在でも、未解決事件のままとなっているのではないだろうか。


(文・沖田臥竜)