>  > ④■ 放火か事故か『新宿・歌舞伎町雑居ビル44人死亡火災』④不審人物
不審者

④■ 放火か事故か『新宿・歌舞伎町雑居ビル44人死亡火災』④不審人物

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◯ 不審者


当然のことだが、放火であるならばそこに犯人が存在するということになる。
警視庁と連携して、火災の原因を調べていた消防もまた、同じ結論に達していた。つまり放火の可能性があると結論づけているのだ。
東京消防庁は、2002年12月。火災原因について、現場の調査、関係者らへの聴き取り、再現実験の結果、電気やガスの不具合は確認されず、「放火の疑いが強い」とする火災原因の判定書を公表している。
それは火災発生から1年3ヶ月のことであった。

一方で判定書には「タバコの投げ捨てによる可能性も残る」と記されてあったのだった。


【概要】
『歌舞伎町ビル火災
2001年9月1日午前1時ごろ、東京都新宿区歌舞伎町一丁目の雑居ビル「明星56ビル」(地上4階、地下2階)が爆発音を轟かせて出火。
東京消防庁は、梯子車などを含む消防車と救急車を約100台出動させたのだが、沈下させるまでに5時間40分を要することとなる。逃げ遅れた44人もの人々が一酸化炭素中毒や全身火傷を負い死亡。死亡者数で言えば、1982年2月に発生したホテルニュージャパン(東京)での火災(死者33人)を上回る戦後5番目の大火災』


警視庁では、出火原因や被害者の身元特定と並行し、すぐに火災発生時、不審者がいなかったか捜査を始めている。
まだ今のようにSNSが普及されていない時代であったが、いつの時代も人の噂話しというものは、すぐに広まるものである。

この時も火災直後に近くのファーストフード店で「あれはオレが腹いせにやった」と話していた男がいた、などの怪情報が乱れ飛んだ。
ただ、そうした怪情報は状況的に、あながち信憑性がないわけではなかった。

被害に遭った3階のマージャンゲーム店「一休」は、専用のコインを使い麻雀のTVゲームで勝ち負けを決めていたのだが、勝敗に応じてコインが換金されるシステムになっていた。つまり、賭博の違法営業をしていた疑いがあったのである。
事実ギャンブルであれば、当然、客の中には負ける人もいたわけだ。
出回った怪情報に、あながち信憑性がないわけではないと述べたのには、そういった意味合いからである。
実際に火災直後の捜査では、そうした不審人物。つまりマージャンゲーム店によく出入りしていた客が次々に捜査線上に挙がっては、調べられていったのだった。
更に火災現場となった「明星56ビル」自体にも、不審な点が多く存在していたのだ。

マージャンゲーム店と同じく被害に遭ったセクシーパブ。平たく言えば風俗店なのだが、この店も又貸しされたものであった。
ビルの所有者から借りた個人もしくは業者が、更に誰かに又貸している契約形態の店舗が多く、実際には誰が店を経営しているのか、誰もまとめて把握することの出来ていないような雑居ビルだったのだ。かつマージャンゲーム店のように、違法な商売を疑われる店舗が他にもあり、不審人物どころか、このビルに関係する人物らにも火災とは別の側面で、怪しい影があった。
それでも数多くある殺人事件と同じように、現場ビルやテナント関係者。それに恨みを持つような人物への捜査は徹底的に行われている。

だが、先にも述べたように複雑な契約関係にグレーな商売。関係者らが抱えるトラブルも無数にあった。
そうした人物を捜査一課では、1人1人徹底的に潰していき、更に聞き込みや防犯カメラ画像の回収、分析を続けていったのだ。
その中に、火災直後から警視庁が重要視していた男が存在していた。

それが冒頭で記した「当時、その男を捜査一課が追いかけていたのは間違いない。だが、私が事件を取材し始めた時には、逮捕の見込みが全く無かった。その為に私も重きを置いて調べなかったのだが、今思うとそこに後悔が残る」と言わしめさせたのであった。 


実際、警視庁は火災後に別件で、この男を逮捕している。その際、どうにか火災事件での逮捕に繋げれないかを検討しているのだ。そして検察サイドに打診もしている。だがその時の材料だけで男を逮捕し、起訴するのは困難と判断された。
つまり公判を維持するには、証拠的に弱すぎたのである。

こうした捜査は、未解決事件の全てにおいて行われる作業だ。それでも解決できないからこそ、事件は迷宮に入るのである。それをジャーナリストや元記者などが書いた書物などで、簡単に犯人の特定に至ることが出来るだろうか。結論から言えば、事件を起こした当事者。つまり犯人でもない限り不可能である。


2001年9月1日は土曜日であった。火災が起きた午前1時ごろとは、金曜日の夜更けということになる。行き交う人は多く、大半は酔客で歌舞伎町が最も賑わう頃だった。
それを表徴するかのように、火災直後の現場にはあっという間に人集りができ、真っ先に現場へと急行した警察官らは、そうした人波を規制するのに手一杯となってしまう。

そうした状況の中から、不審人物を追うのは極めて困難だったと言えるだろう。

(文・沖田臥竜)