>  > ■16年の時を経て解決された『秘密の暴露』④ 文・沖田臥竜
解明

■16年の時を経て解決された『秘密の暴露』④ 文・沖田臥竜

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

◯解明

業界用語で言う「流し」の犯行でありながら、川瀬直樹が殺害現場となったレオパレスに狙いを定めたのには、川瀬なりの理由があった。それはレオパレスには単身者ばかりが住んでいることを知っていたからだ。つまり、襲う相手が一人である可能性が高いことに目をつけたのであった。住居者が複数人いれば、襲って金を奪うどころか反対に反撃される恐れもある。川瀬はそれを寒さに凍え空腹に耐えながら考えていたのであった。川瀬は成嶋さんに執拗な攻撃を加えたあと、それでも逃げ出さないように足をネクタイでロフトの階段に括りつけている。こうした逃走防止の対策をとるのは、「恐れ」からくるものだと事件発生当初から考えられており、川瀬の犯行は典型的な素人による行動だと見られていたのだ。

島根二丁目アパート内強盗殺人事件
【概要】
2002年12月22日午前11時55分ごろ、東京都足立区島根二丁目のアパート「レオパレス西新井ミヤマ」207号室で、会社員の成嶋健太郎さん(当時23歳)が両足首を電気コードで縛られて、床の上に倒れているのが発見された。顔や額、背中は複数回、刃物で刺された傷痕が残されており、頭は鈍器で強く殴打された形跡があった。司法解剖の結果、直接的な死因は、頭部を強く殴打されたことによる脳幹部挫傷。室内からは成嶋さんの財布がなくなっていたことから、警視庁捜査一課は強盗殺人事件として、西新井警察署に特別捜査本部を設置。だが捜査は進展を見せず、数ヶ月で捜査班は別の事件へと転戦することとなり、未解決のまま事件はコールド(凍結)されることになっていた。


事件現場となったレオパレスは、東武伊勢崎線・西新井駅から北東約1キロの場所にあった。小学校に近く、小さな公園や一戸建てやアパートの中に点在する下町の住宅街であった。川瀬の予想通り、レオパレスの住民は大半が一人暮らしで占められていた。住民同士の付き合いなどもなく、隣人の顔を知らないのも当たり前のアパートだった。

任意の取り調べを進めていく中で、川瀬の事件後についても、少しずつ解明されていった。川瀬は成嶋さん殺害後、成嶋さんから奪った金で、台東区のビジネスホテルに泊まったり、ウィークリーマンションを借りたりしていたことも供述している。いかんせん発生から、16年が経過していたため、裏どりが出来たのは一部に過ぎなかったが、川瀬がほぼ事実を喋っているという確証は、捜査一課内で十分にあった。

川瀬は事件から1か月後の2003年1月には、台東区で生活保護を申請しており、浅草警察署に出頭するまでの16年間、台東区千束のアパートで暮らしていた。
事件当時は無職であったが、5年ほど居酒屋でアルバイトをしていた時期もあった。そこで川瀬は常に不安定な精神状態で、一体何を考えて皿を洗ったり、オーダーを受けたり、同僚たちとの人間関係をやり過ごしていたのだろうか。

こうした捜査を一通り終えた2019年1月中旬。捜査一課は、川瀬本人の体調と精神状態が回復してきてるという情報を医師から把握しており、2019年1月21日に強盗殺人と住居侵入の二つの容疑で、遂に川瀬を逮捕したのであった。
逮捕容疑について、川瀬は「私が犯したことに間違いありません」と容疑を全面的に認めてみせたのであった。


島根二丁目アパート内強盗殺人事件は、こうして16年の歳月を経て、16年越しの解決をみることになったのであった。


(文・沖田臥竜)