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凍結

■16年の時を経て解決された『秘密の暴露』② 文・沖田臥竜

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◯凍結

事件は確かにデッドロックに乗り上げて、16年前にコールドされていたはずだった。だが浅草署にやってきた川瀬直樹は、「人を殺したことがばれたので出頭した」と話しているのだ。迷宮入りしていたはずの事件が、「ばれている」と言うのである。そこで警視庁捜査一課は、慎重を期す判断を迫られることになったのであった。


島根二丁目アパート内強盗殺人事件
【概要】
2002年12月22日午前11時55分ごろ、東京都足立区島根二丁目のアパート「レオパレス西新井ミヤマ」207号室で、会社員の成嶋健太郎さん(当時23歳)が両足首を電気コードで縛られて、床の上に倒れているのが発見された。顔や額、背中は複数回、刃物で刺された傷痕が残されており、頭は鈍器で強く殴打された形跡があった。司法解剖の結果、直接的な死因は、頭部を強く殴打されたことによる脳幹部挫傷。室内からは成嶋さんの財布がなくなっていたことから、警視庁捜査一課は強盗殺人事件として、西新井警察署に特別捜査本部を設置。だが捜査は進展を見せず、数ヶ月で捜査班は別の事件へと転戦することとなり、未解決のまま事件はコールド(凍結)されることになっていた。


事件発生当時、島根二丁目アパート内強盗殺人事件自体は、メディアでも報道されている。なので16年前とはいえ、事件そのものを知ることは犯人ではなく、第三者であったとしても可能ではあったのだ。
ただ川瀬の供述には、これまで全く報道されていない現場の詳細や、犯人でしか知り得ない「秘密の暴露」があった。

この時点で捜査一課は川瀬を、島根二丁目アパート内強盗殺人事件の犯人であることは、ほぼ間違いないと断定している。
加えて、こうした供述を得た後で、現場に残されていた指紋と川瀬の指紋が一致したことも判明し、一気に事件は解決に向かって加速して行くのであった。

この指紋については、未解決事件ならではの背景も存在している。
実は事件発生当時にこの指紋は、現場から検出できていない。

現場には、凶器として使用された包丁を包んでいたと思われる紙が残されていた。事件直後の捜査でも、現場に残されたこの紙に犯人が直接触れた物証が高いと考えられ、様々な鑑定が試みられている。
しかし当時の技術では、その紙から指紋を検出することが出来なかったのだ。

当時の鑑定では、あくまで「指紋様のもの」
つまり、指紋ぽいものとしか分からず、捜査資料にも指紋自体は「不検出」とされていた。

だが、その後に指紋検出技術が発達し、2014年に新たに導入された機械で調べた結果、指紋鑑定に必要な特徴点12点全てを検出できる指紋を検出することに成功していたのである。

指紋検出技術が進み、当時は採取できなかった指紋を検出することが出来たケースは、先にも述べたように未解決事件ならではの背景であった。

そして川瀬が出頭してすぐに指紋が一致したのには、もう一つの経緯も手伝っている。

それは事件が発生した2002年。同じ年に川瀬には窃盗の前科があったのだ。つまりは、川瀬の指紋は警視庁のデーターベースに残されていたのだ。

2014年の機械導入時点で、現場に残された紙を調べることはなかったために、川瀬は捜査線上に浮上してこなかった。だがこうして、本人が出頭してきたことで、データーベースに残されていた川瀬の指紋と現場で押収していた紙から検出された指紋をすぐに照合し、一致させることができたのだった。

逆説を立てれば、どこかの段階で後に検出された指紋と警視庁のデーターベースを照合させれば、川瀬は出頭してこなくても、捜査線上に浮上してきたことになる。

いずれにしても秘密の暴露という供述証拠と、指紋という揺るぎない物的証拠を確保することができたのだ。

そうした一方で、問題視されたのが川瀬の異常な精神状態であった。

重複となるが、川瀬は解明できていなかった事件を「ばれたので出頭した」と供述しているのだ。
川瀬は取り調べの際、前述したように詳細な事件現場の状況を説明し、自らも「自分が殺した」「死刑になるかもしれないと思った」と話す一方で、明らかにおかしなことも口走っている。

そもそも出頭してきた理由自体が「誰かに頭の中を覗れている」「15年くらい前に若い人を殺したが頭の中を見られて殺人がばれてしまった」というものだったのだ。


だから川瀬は「人を殺したことがばれたので出頭した」と、浅草警察署にやってきて話したのであった。

(文・沖田臥竜)