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小説『忘れな草』

ー不定期連載ー沖田臥竜エッセイ『茜いろの日々』ー小説「忘れな草」発売ー

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振り返ってみても学生時代。哀しくなるくらい微塵も勉強というものをしたことがない。学生時代と偉そうなことを書いているが、中学校までの話しで、たったの9年間である。我が母校だけ特別に宿題などといった風習がなかったなんてことないはずなのに、学校の宿題なるものに触れた覚えも全くない。
そのくせ姉と一緒に小学校1年生から、塾に通わされていた。だがそこでも勉強を教わった記憶がないのだ。

「お母さんが先生にお金を払ってるんやろう!だったら、怖い話してや!」

「今なんて言うた⁈」

塾の先生と言い合いしていた記憶くらいしかない。

「うるさい!ばばあ!お金貰って怖い話もできんのか!」

「なんて!誰にばばあなんて言ってるの!」

鬼の形相で睨みつけてくる塾の先生に、泣きながら踊りかかっていった記憶なら何とかあるが、勉強は一切していなかった。

学校でも塾でもノートにマンガばかりを書いていた。プロ野球選手になるものとばかり思っていたので、早い段階で読み書きができ、後は足し算引き算、かけ算割り算さえ出来ていれば、なんとか社会と迎合することが出来ると考えていたように思う。お陰さんでろくな大人にならなかった...。

ただ小さな頃から、作文だけは褒められると言うよりも、先生にびっくりはされていた。

「これ?本当にあなたが1人で書いたの?お母さんかお姉ちゃんに手伝ってもらってない?」

と聞かれたりしたこともしばしばあった。ばあちゃんが亡くなった時の作文は、学校に貼り出されたこともあった。はっきりと自覚したことはないが、物を書くのが嫌いではなかったと思う。好きと言うよりも、物を書いていると時間を忘れ、退屈な授業をやり過ごすことが出来ると考えていたと言った方が、適切だったのではないだろうか。

はっきりと作家になろうと意識したのは、今から19年前の25歳の時だった。二十歳過ぎから読書を覚えたのだが、そこで出会ったのが浅田次郎著『鉄道員(ぽっぽや)』であった。それは衝撃的な出会いでもあった。文字だけで、読み手の脳裏へと入り込み、様々な場面を想像させて、挙げ句の果てには、泣かせて見せてくるのである。涙を流させて見せるのである。
早くに父親を亡くした私は、どんなことがあっても男は涙を流してはいけない、と心に決めて生きてきていた。そんな決意すらも太刀打ち出来ずに、涙が止まらなかったのだ。
それもノンフィクションならまだ分かる。実在した登場人物に感情を移入させるのは、そこまで難しいことではない。だが小説は違う。文芸と言われる完全な創作の世界だ。1人の書き手の頭の中で作り上げた物語だけで、泣かせにくるのである。そこに私はいたく感動させられてしまったのだ。
そして誓った。ペンを武器に世に出てやろうと。

当時のレベルは、多分人よりも作文がうまい程度だったと思う。それだけで勉強なんて全くしてこなかった。

「オレは作家になるねん!」

と周囲に宣言してみても、鼻で笑われるだけであった。誰ひとり本気にしていなかった。
ただ自分自身だけは、ようやく夢を見つけることが出来た気がしていた。
とにかくそこから、書く、読む、写すを延々と7年間繰り返すことになった。それが私の基礎になっていくのだが、書くことがしんどくて辛い時には、何度も挫けそうになりもした。

ーそんなことをしてもムダムダ。やめとけ、やめとけー

隙を見ては、そんな感情が鎌首を擡げてくるのである。それでも、諦めたりはしなかった。
それまでの人生で途中で投げ出し、何度も諦めてきた結果がその時の現実であった。努力と一切無縁だったのだ。一度くらい本気で努力してみても良いのではないか、と考え続けていた。
どうしても、書くのが辛くて苦しい時には、ただひたすら空想していた。いつか自分が書いた小説が書店に並び、映画化されて見ず知らずの人たちが劇場で涙を流すシーンだけを想像させ、自らを奮い立たせた。案外イメージは大事で、奮い立たそうとすれば、結構立つものなのである。

その時のイメージの中にあった小説が、3月15日にサイゾー出版から発売される『忘れな草』となる。
29歳の時に書き始めた小説なので、かれこれ15年の付き合いになる。15年の間、何度も何度も書き直しているうちに、1ヶ月で書き上げた本や3ヶ月で書き上げた本、半年かかった本、10年かけた小説などが、私の元を飛びたっていった。そしていつも気がつけば、『忘れな草』を読み直しては、書き直すという作業に戻っていたのである。

出版社の社長と話し合い、『忘れな草』の出版が決定した際には、長い付き合いである。
やれることをやろうと心に決めた。それはそうだろう。何せ15年も付き合ってきた小説なのだ。
上梓させて、漠然と呑気に売れるのを待っているだけというわけにはいかない。それにそんなことで売れるほど、今の出版業界は甘くない。
自分の足を使い、書店回りの営業から『忘れな草』が遠い存在になるまで、やれることはやろうと思っている。心許ない小説かもしれない。だけど、ずっと夢みてきたシーンをこの小説で叶えてやりたい。

劇場で、主題歌が流れ、全く知らない人たちが涙を流すシーンである。
すまぬ。家が建つかもしれんな笑

小説『忘れな草』の発売に関して、いつもお世話になっている出版社の社長。そして担当の編集者のかた。デザイナーに校閲の方々。この場をお借りしてお礼を申し上げます。

結局、何事でもそうだが、作家みたいなものは、こういう裏方の方々がいてくれて、初めて成り立つ商売である。
たまたまクレジットに代表的な立場みたいな感じで作家名が出るだけで、その立場その立場の人たちが一生懸命やってくれるからこそ、時に輝ける瞬間があるのだ。作家だからと言うよりも、人として、そういった裏方の方々のことを忘れてはならないと思っている。


書籍で言えば、年内に後3冊の出版が決まっている。まだまだ休むことなく、走り続けることになりそうだ。


(文・沖田臥竜)