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どん兵衛

沖田臥竜エッセイ「茜いろの日々」

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ー不定期連載ー

イブの夕刻。無性にどん兵衛が食べたくなった私は、途中のコンビニで車を止めてもらうことにしたのであった。
店内は、思わずぞっとするほど、クリスマスの客で溢れ返っていた。 

ーやっぱりどん兵衛あきらめようかな、、、ー

賑わう人混みに何度となく挫けそうになったのだが、そうなると余計にどん兵衛が食べたくなってしまうものである。
挫けそうになる心を叱咤激励させながら人混みをかき分け、私は陳列棚で爛々と輝く日清のどん兵衛を手に取ったのだった。
そして脈々と連なるレジの最後尾に、うんざりしながら並んだのである。
数分経過した時だった。背後でほんの僅かだが、どよめきを感じた私は、余りにも無防備に振り返ってしまったのである。
イブの夕刻に、単身どん兵衛を手にしているというのにだ。

年の頃は私と同世代だろうか。子連れの主婦は、私の顔を認めると、やっぱりという表情を浮かべていた。

「ニュースとかに出てる、沖田さん、、、ですよね?」

自分でも分からぬ。見知らぬ人から声をかけられると、最近はなぜか肯定も否定もせずに「えっへへへへ、、、」とひきつり笑いを浮かべてしまうのだ。
だが、本当の異変が起きたのはその時であった。主婦の視線が下がり、私の手元で停止したのでる。視線の先。私の手には、どん兵衛が握られていた。瞬時に気まずい空気が私たちを包み込んだ。

ー待て待ておばはん!誰がイブの夜に1人で並んでまでどん兵衛を買って過ごすねん!違う違う!ホンマたまたまじゃ!ホンマにたまたまな、たまたま、無性にどん兵衛が食べたなってん!哀しいオレの物語を勝手に連想するな!ー

時とは残酷なものである。先程まであれだけの行列を作っていたクセに、私の言い訳すら許さぬまま、会計の番が回ってきてしまっていたのだ。
もう既にその時には、私を発見したときの驚きの色は微塵も浮かんでおらず、あるのは憐み。主婦の表情には、ただただ私に対する憐みが浮かんでいたのであった。
無防備に振り返った我が身が、この上なく恨めしくてならなかった。

誤解ついでに言えば、焼き肉。Twitterなどに焼き肉の写真をよくアップしているので、いつの間にか私は焼き肉が大好物のように誤解されているのだが、はっきり言う。そこまで私は肉が好きではない。無論、嫌いと言うわけではないが、そんなにいつでもどこでも「肉!」というほど、焼き肉が好きではない。
だけど、今更言えるか。

「焼き肉でええやんなー?」「焼き肉で良いですよね?」「焼き肉屋を予約入れときましたが、宜しかったですよね?」などと言われる環境の中で、「焼き肉あんまり好きじゃないねん、、、」などと今更言えるか。私には言えない。
お陰様で今ではすっかり、どの肉を食べても味の善し悪しすら分からない舌となってしまった。

生きていくということは、悲喜交々と思う今日この頃である。


(文・沖田臥竜)