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国境

平成3大未解決事件 ースーパーナンペイ事件⑦ー国境 沖田 臥竜

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カナダから警視庁に身柄を引き渡された何亮は、逮捕容疑である旅券法違反についてはあっさりと罪を認めたものの、任意で行われたスーパーナンペイ事件の関与を全面否定。
日中混成強盗団に情報提供していたことについても、「何も知らない」と言い続けたのであった。
武田証言とは、真っ向から対立することになったのだが、この時、既に武田は中国で死刑が執行されてしまっていたのであった。
そして、2014年。何亮は東京地裁立川支部で旅券法違反について、懲役2年執行猶予5年の判決を受け、日本を後にしたのであった。

その後、何亮はカナダへと帰国。スーパーナンペイ事件との関連は、何一つ明らかにされないままとなってしまったのだった。


1995年7月30日午後9時15分ごろ。近所の主婦が4発の銃声を聞いていた。その後の捜査で5発目の銃弾が床から発見され、計5発が撃たれていたことが判明するのである。

被害者のうちの1人は、額の左側など2ヶ所を撃たれ、傷口が破裂したように開き、周辺に火薬が付着していたことから、銃口を額に接するほどの至近距離で撃たれたと見られている。
何の落ち度もない上に交友関係などを報じられ、また周辺の人々は哀しみに暮れる暇もなく、容疑者ではないかと疑いの目を向けられた人々も存在する。

2人の女子高生は、背後から1発づつ撃たれていた。床には、入口ドアの防犯装置の設定を行うカードと自転車の鍵が落ちていたのだった。
2人はこれから、近所の夏祭りに出かけるところだった。

被害者の女性3人には、何一つの落ち度もなかった。それを4発の銃弾が、わずか数分間で3人の命を奪い去っていったのだ。

世の中には、決して風化させてはならない事件が存在する。忘れてはならない出来事が存在する。
警視庁は、スーパーナンペイ事件を三大未解決事件の一つとして、現在も専従の捜査員約20人を投入し続けて、執念の捜査を続けている。


(文・沖田臥竜)