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混成団

平成3大未解決事件 ースーパーナンペイ事件⑥ー混成団 沖田 臥竜

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中国・福建省出身の何亮。事件当時の1995年は43歳であった。何亮が日本へと密入国してきたのは、スーパーナンペイ事件の前年の1994年のこと。偽装パスポートで中国へと出国するまでの8年間は、東京や横浜の居酒屋、そして鉄工所などで働いていたのであった。
その傍らで、武田輝夫の証言によれば、1990年代に起きた、全国の資産家を狙った日中混成強盗団に情報提供していたとされている。

だが、本当に何亮は情報提供者だったのか。もっと言えば、日中混成強盗団に情報提供していただけだったのか。

現場に残された足跡からは、溶接作業などで飛散する鉄分が採取されているのだ。事件当時、神奈川で暮らしていた何亮は、鉄工所でも働いていたのである。
「知り合いが八王子の事件に関与した」と証言する武田。武田が実行役と指南した武田同様に、中国で死刑が確定していた日本人の男。武田とは知り合いで、武田と一緒に2002年秋に偽造旅券で中国へと出国していた何亮。全員が繋がっていくのである。
つまり武田の証言は、全く根も葉もない作り話ではなかったのだ。

警視庁の捜査でこの時、何亮には既に旅券法違反容疑で逮捕状が発行済みであったことが判明するのである。その何亮がカナダに渡り、永住権を取得していることが分かったのが、2012年であった。
色めき立つ警視庁はすぐさま関係機関を通じて、何亮の引き渡しをカナダ政府に求めたのである。
警視庁の要請を知った何亮は、弁護人を通じてこのように表明してきたのであった。

「話しを聞きたいのであれば、カナダで聴取に応じる」

つまり、カナダ国内であれば、警視庁の事情聴取に応じると言うのである。
それに対して警視庁から関係機関を通じて、何亮の引き渡しを受けたカナダ政府のトロントの裁判所は、2012年9月。警視庁へと何亮の身柄の引き渡しを認める決定を言い渡したのであった。
決定後、何亮の弁護人は会見を開き「カナダの法相に何亮の引き渡しの停止を求める」意向を明らかにしたのであった。

だが控訴審においても、警視庁に何亮の身柄を引き渡す判決が下され、2013年11月。何亮は日本へと移送され、移送後、警視庁によって、旅券法違反容疑で逮捕されたのであった。

事件発生から13年の歳月を得て、警視庁の威信をかけた捜査が実りを見せた瞬間であった。
 

(文・沖田臥竜)