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狙撃

平成3大未解決事件 ースーパーナンペイ事件④ー狙撃 沖田 臥竜

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振り返ってみても1995年という年は、日本が大きく揺れている。1月17日には震度6を観測した深さ、16kmを震源とするマグニチュード7.3の阪神・淡路大震災が発生すると、3月20日には死者13人、負傷者約6,300人の犠牲を出したオウム真理教による地下鉄サリン事件。10日後には國松警察庁長官狙撃事件(2010年3月30日時効が成立)。そしてスーパーナンペイ事件と、全てがこの年に重なったのであった。
司法にとってもこの年が分かれ目となっている。

2010年4月27日に殺人などによる凶悪犯罪の公訴時効が廃止され、異例の即日施行となったのだ。奇しくも前月の3月30日に、國松警察庁長官狙撃事件が時効を迎えたばかりだった。
その國松長官狙撃事件に関して、今も尚、自身の犯行だと訴え続けている男が存在する。
岐阜刑務所に務める中村泰受刑者である。
中村泰はこの岐阜刑務所で同じく、抗争事件によって無期懲役の判決を受け、刑に服している大物親分と同じ工場で一時は一緒に作業もしていた。
そうした刑務所生活の中にあっても、中村泰は依然、國松長官狙撃事件は自身の犯行だと主張し続けているのである。
その中村泰がスーパーナンペイ事件においても、捜査線上に浮上してきたことがあったのだ。
理由は2002年の逮捕後、中村泰の関係先を警視庁などが捜索したところ、東京都内と大阪府内の貸金庫などから14丁の拳銃が発見されたことにあった。
押収された14丁の拳銃はすぐさま、警察庁科学警察研究所で詳しく分析されることになる。
そしてそのうちの1丁の拳銃の線条線と、スーパーナンペイで殺害に使用された拳銃の銃弾の線条線が、酷似していることが確認されたのであった。その為、中村泰がスーパーナンペイ事件の有力容疑者として急浮上してきたのである。
だが、あくまで酷似である。一致ではない。
その後も中村泰に対する捜索は続けられ、その中には一部、中村泰犯人説を有力視する声がありはしたものの、2018年の最終捜査で中村泰は、スーパーナンペイ事件に関与していないことで、ほぼ結論づけらることになったのであった。

では一体、誰がスーパーナンペイ事件を引き起こしたのか。

それはこれから述べる第3の説。日中混成強盗団による犯行が、もっとも有力視されているのではないだろうか。
確かに指紋説による犯行も潰しきられたわけではない。

だが当時の背景や関係者による証言。現場に残された、10の足跡から採取された微細な鉄粉と粘土。それらを考えた場合、どうしても外せないのが、日中混成強盗団による犯行説ということになってくるだろう。


(文・沖田臥竜)