>  > 『反社』の隣人 ースクープは眠るー⑰ージャニーズ王国の情報統制ー 文・沖田 臥竜
ジャニー喜多川さん死去

『反社』の隣人 ースクープは眠るー⑰ージャニーズ王国の情報統制ー 文・沖田 臥竜

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「もう早いところは報じてますが、ジャニー喜多川さんが緊急搬送とのこと」

6月18日、18時過ぎ。著者は自身のツイッターのアカウントに、こう投稿したのであった。著者にとり、これがジャニーズについて情報収集するスタートということになる。

著者が、ジャニー喜多川さんが緊急搬送されたことを投稿した時には、まだそこまで世間的には知られておらず、そのためRTの時速は3.432を弾き出していた。

この日、ジャニー喜多川さんは、渋谷区広尾にある日本赤十字社医療センターに緊急搬送されている。広尾の日赤といえば、都内でも個室の設備が整っていることで有名だ。そこにジャニー喜多川さんは運びこまれるのだが、漏れ伝わる話しによれば、容態はかなり深刻だと言われていた。
そうした事情からも、著者はその日のうちに知人に連絡を入れて、日赤病院前の状況を確認しに行ってもらっている。
その際の連絡によれば、18日当日は報道関係者がちらほらといるだけで、特段慌ただしい様子はないと言うことであった。

翌日からである。所属タレントがジャニー喜多川さんのお見舞いへと訪れ出し、次第に騒然とし始めるのは19日からである。

その日、著者は確かな筋から間違いない情報として、こうした一報を受ける。それは「ジャニー喜多川さんが驚異的な回復力で意識を取り戻した」というものであった。情報を提供してくれた先は、確かに間違いない筋であった。だからこそ、容態が危ぶまれたジャニー喜多川さんに奇跡が起きたと感じたのだ。

だがその僅か数十分後には、情報を提供してくれた筋から、「分からなくなった。もしかすると情報が意図的に操作されているかもしれない。ブラックボックスに入ってしまった...」と再び、連絡を受けたのだ。

ブラックボックスとは様々の意味で使われるが、この時のブラックボックスは、情報が遮断されて封鎖されてしまったということを意味していた。
ただ、こちらも一旦ブラックボックスに入ったものを様々な手法で取り出し、それを精査し記事にすることを仕事にしている。
だから、この時はジャニーズの統制された情報規制にまだ気づかされてはいない。取材を進めていけば、必ず漏れ伝わってくる確かな情報があるはずだと考えていたのだ。

だが実際、あらゆる角度からブラックボックスに入った情報を取り出そうと試みたのだが、掴んだ話しが全て事実と異なっていくのであった。

そしていつしかジャニー喜多川さんの容態について、誰もが「分からない、、、」と口にし出すのである。
この時であった。ジャニーズの情報統制力の徹底さを思い知らされるのは、まさにこの時であった。

そこで著者は、これでは全く手に負えないと判断し、情報収集の角度を一変させて、この先に起こり得る可能性を調べることにしたのであった。

書く上で著者の武器は何かと言えば、情報力と迅速さだ。それはある面において、世間が認める部分もあるかもしれない。だがジャニーズ事務所が敷いた箝口令は、まさにそんな著書の情報網など一切寄せつけず、それは見事しか言いようがなかったほどだった。

そして運命の日を迎える。7月9日、たった一代でメディア業界のみならず、社会的にもその名を刻んだジャニー喜多川さんが、くも膜下出血のため午後4時47分に息を引き取ったのだ。享年87歳。
ジャニーズ事務所の統率力は、最後の最後まで見事であった。ジャニー喜多川さんの死去をジャニーズ事務所は正式にリリースしたのであるが、情報解禁を午後11時30分と定めたのである。それをメディアはどこもきっちりと守って見せたのだ。
11時前後から、著者は少しづつ自身のツイッターで投稿し始めて様子を伺ってみたのだが、メディアが反応を示してみせることはなく、時刻が11時30分になった瞬間に、各局揃って速報を出したのであった。

ジャニーズは正に大国と呼ぶに相応しい事務所である。それ故に創設者の死は、後継者争いにしても様々なお家騒動が今後予想されるかもしれない。

だが、今それを論じるのはやめておこう。

ただ今は、多大なる功績を社会に残したジャニー喜多川さんのご冥福をお祈りしたい。


(文・沖田 臥竜)