>  > 『反社』の隣人 ースクープは眠るー⑭ー闇営業問題の終焉に向けてー 文・沖田 臥竜
ー闇営業問題の終焉ー

『反社』の隣人 ースクープは眠るー⑭ー闇営業問題の終焉に向けてー 文・沖田 臥竜

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

スクープを出すためにはネタ元を平気で売ったり、それまでの人間関係などお構いなく記事にする書き手も実際に存在する。
そこに私は敢えて是非を問わない。人それぞれである。ただ、私の考えと混じり合わないというだけの話しだ。
でも私は、一度でも親切にしてもらった芸人が関わっていれば、当然、火消しへと回る。回った以上は、形にしようと努力する。

割愛するが私は今回、闇営業の取材協力のギャラについて、それをある事情から断った。誰も感謝すらしてくれない。損得だけで言えば、損である。
だが目先の損得に流されていては、この不景気のど真ん中の出版業界で生き残ることなどできない。
要は書けば良いのである。そして、私には書く場所がある。
小説家になる夢を持ちながら、裏社会について書くことになり、「そろそろ幅を広げて芸能界なども書いてみてはどうですか?」と勧めてくれたのは、ある出版社の社長と書き手なら誰しもが知る週刊誌の編集長であった。

今回の闇営業問題は、いつまでも続けていくべきものではない。絶対悪ならばまだしも、あくまで闇営業と呼ばれる事務所を通さない仕事は、所属する事務所と当事者の問題である。いつまでもそこを掘り下げていては、過去に個人で仕事を請け負ってしまったことのある芸能人が、次は我が身ではないかといつまでもビクビクしてなくてはならない。
それこそリークだって始まるだろう。

そういった意味でも、吉本興業は一つの区切りとなる決意表明を発表してみせた。
ここが今後の境界線として、作用するのではないだろうか。

ヤクザと興業。それは昔から切っても切れない関係にあった。それを暴排条例の施行以来、ヤクザを反社会的勢力だと社会から締め出し、ヤクザを法によって雁字搦めに追い詰めた。
それが世間の求めた姿なら、それも仕方ないことだろう。
だが、そうしたや法の厳罰化によって、半グレを台頭させ、特殊詐欺という最悪なビジネスを誕生させてしまったのではないかと思えてならない。

世の中は、確かに美しい方が良いに決まっている。だが全ての人間がその中で生きてはいけないのもまた事実ではないか。

ただ結果として闇営業問題は、全ての立場の人間に境界線といった意味でも、今回、大きな教訓を残した面もあるのではないだろうか。

その歴史的大スクープを出すきっかけを作った記者は、人に口外するようなタイプの男ではない。本当に実直な男である。だからこそ、私は書き手として思う。胸を張れと。


ザブングルの謹慎処分が、8月までとの一報が届く。それで十分ではないだろうか。

(文・沖田 臥竜)