>  > 『反社』の隣人 ースクープは眠るー⑫ー闇営業についてもう話しても良いだろうー 文・沖田 臥竜
ーもう話しても良いだろうー

『反社』の隣人 ースクープは眠るー⑫ー闇営業についてもう話しても良いだろうー 文・沖田 臥竜

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なぜ5年も前の動画が今になって世に放たれ、炸裂することになったのか。
当然そこには様々な憶測が生まれ、その憶測が時に報じた週刊誌をバッシングすることさえあった。中には「闇営業」という呼び方に執拗にケチをつけ、それに同調を示した部類の人種が集まり、非難の声を上げるようなこともあった。
ここまで来ると明らかに論点がすり替わってしまっているのだが、そうした一部の声も「闇営業」を絶対悪と決め付けた世論の前では瞬殺されて掻き消されている。

もう良いだろう。ことの発端を知る私が少しくらい話しても、もう良いだろう。陳腐な憶測は時に人を不愉快にさせる。

「何かを知っている」と感じた芸人さんたちが、私のツイッターをずっと見ている、とTV関係者の人たちから何度と聞かされた。その通り、確かに私は全てを知っている。

結果として、この闇営業問題を先導したのは、我々となるだろう。
だが当初、この問題について一番消極的だったのが、他ではない私だったのである。
2カ月前、後に問題となる動画を見せられ感想を求めらた際、私は「話しにならない」と述べている。
実際に一番最初に出てきた動画は画質が悪く、年月も立ち過ぎていた。ことの良し悪しは別として、少なくともその時点で、私が料理して原稿にできる素材ではなかった。

きっかけは、ほんのたまたまであった。

現在、出版業界は世間が考えているよりも冷え切ってしまっている。私など他の書き手には申し訳ないが、まだ食べるくらいは稼げている方だろう。それはひとえに私のスピードと情報収集力があってこそだ。そこで私は負ける訳にはいかないし、だからこそ食べることが出来ている。
それでも出版業界が、冷え切ってしまっていることに変わりはない。
その中にあって、記事にするために日夜、ネタを探し求めた記者がいた。謹慎となった芸人の人たちに家族がいるように、記者たちにももちろん家族がいるのだ。そこは同じなのである。
何かないかと探し求めていた先で、「こんなのは古くてネタにもならないだろうけど、、、」と提供されたのが、一番最初の動画。宮迫博之氏(雨上がり決死隊)が、アメトーーク!へと招待することを口にした動画のまだ前の動画である。
時間にして2分10分。宮迫氏がステージ歌を歌う画質の悪い動画だった。そこが、一連の闇営業問題のスタートとなる。

それを記事にしようと、そこからその記者は粘り強い取材を始めてみせるのであった。
もしもその記者のひたむきさと実直さがなければ、今回の闇営業問題は、それこそまだ闇の中に埋もれていただろう。

(文・沖田 臥竜 )