クラクションが真夜中に鳴り響く。クラクションを浴びせられた高級車数台は、ただパーキングを出ようとしているだけであった。決して、執拗にクラクションを浴びせなければならない状況ではなかった。
数台の高級車に乗るのは、その感じから誰の目にもヤクザであることが、一目瞭然であった。それでもクラクションは続いた。
たまらず運転手の男たちが車を降りて、クラクションを浴びせ続ける車両に歩みよった。
歩みよる男たちは、やはりヤクザであった。
本来ならば、「やかましいんじゃこらっ!!!」と怒鳴り上げていただろう。
だが、組員たちには、そう出来ない理由があった。何故ならば、高級車の車内には、誰もが知る親分衆が3人も居たからである。
怒鳴り上げたい衝動を組員たちはグッと堪えて、クラクションを浴びせるのを辞めさせ、穏便に解決しようと考えた。
だが、相手側。クラクションを浴びせる男の方が、そうはならなかった。
見るからに半グレと呼ばれるような風体の男は、歩み寄ってくる組員らに対して、自らも車内から飛び出して好戦的な態度をとってみせたのだ。
男の助手席からは、女性も出てきた。
常識的に考えて、ヤクザやカタギ関係なく、普通、女性や子供を連れている際、無用なトラブルは極力、避けようと努めるのが、一般的な男側の思考回路ではないだろうか。
だが、クラクション男に、そんな当たり前の理性は備わっていなかった。
クラクション男が自ら作り出したシチュエーションとはいえ、多勢に無勢。ケンカになれば、ものの数分で決着が着いただろう。だが、組員たちも親分衆に付いている幹部らである。
仮にそんなことをしてしまえば、事件となった際、親分衆にまで累が及ぶことが明らかであった。
話にならないクラクション男に、組員たちはやむおえず素性を打ち明けたのだった。
「そうでしたか!そんな偉い親分さんらとは知らずに大変失礼なことをしてしまい誠に申し訳ありませんでした!すぐに車をどけますんで、無礼をお許しください!」
とでも言っていれば、「意気がるのもええけど、気をつけえよ」で済まされた話しだ。
しかしこのクラクション男、こともあろうに親分衆がおられる、と告げてきた相手らに対して代紋を口に出して応戦して見せたのである。
そうなれば、収まる話も収まるわけがない。組員らとクラクション男の擦った揉んだの悶着に発展。
そこに、助手席から飛び出してきた女性がクラクション男に加勢する事態になり、組員らは咄嗟にその女性を払いのけた。
「オレの女に手を出しやがって!」
クラクション男は、更に激昂。口に出した代紋の組織の幹部に連絡を入れて見せたのである。
クラクション男から連絡を受けた幹部らは、すぐに現場へ急行。
「何を考えているんだ、あのバカは!」
と思ったに違いない。何故ならば、クラクション男が、執拗にクラクションを浴びせ続けた車両に乗っていた親分衆らは、駆けつけた幹部らからすれば、叔父貴分にあたるのである。慌てて現場へと向かわずにはならなかった。
ここで幹部らに、「バカモン!お前は何を考えているんだ!」と叱られて、シュンとなっていれば、誰も逮捕されずに済んだはずだ。
しかしクラクション男は、どこまでいってもクラクションだった。
事態はそこから更に悪化していくのであった。
文・沖田 臥竜