>  > 新進気鋭の作家 ー伊邪那 太郎が放つ!ー 新連載『極道としての論理』⑥
袂を別つ

新進気鋭の作家 ー伊邪那 太郎が放つ!ー 新連載『極道としての論理』⑥

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ー袂を別つー

腹を括った上で立ち上がったのであるならば例え本家筋とはいえ、何も返さないとはどういうことなのだろうか。かの中野会とは違うのである。
逆縁だの大義がないだのと色々言われる方がおられるが、起きてしまったことを今更悔やんでも仕方のないことである。またそこをとやかく言うつもりもない。
ただ同じ旗の下、犠牲者が出ている以上、ヤクザの原理原則である「やられたらやり返す」しかないはずである。そこには能書きは必要ない。

上の者が煮え切らないのか、はたまた下の若い衆が行き越しがないのかは分からないが...。

聞くところによると、また大阪で代表的な歓楽街にある組事務所前で挑発行為を受けた様だ。
名古屋でも過去に同じことがあった。
背後関係等分からないが、経験を踏まえて勝手に書かせて頂く。

組事務所前で挑発行為されて、我慢しなければならない理由などあるのだろうか。元本家筋とはいえこちらもヤクザである。自分の事務所前で挑発行為を許し、何もしない組織に面倒を見てもらおうとするお店やオーナーや店長がいるだろうか。経験上それは100%あり得ない。
自らを極道など声高に言うが、ヤクザの存在意義はどこにあるのだろうか。疑問符ばかりが頭を駆け巡る。

しかし、ただ一つはっきりと言えることがある。

其れは二次の者だろうが、三次の者だろうが、四次の者だろうが、挑発に来た者に対し、挑発行為が如何に愚かで危険なことであるかを知らしめる必要があるということである。
おそらく知恵のない輩を来させたのであろうが、もし仮に挑発行為を唆した親方なり役付が居たら、それはそれで幾らも行かぬポンコツ組織であろう。
結局、挑発行為を許した組はさることながら、上部組織が世間から見られるのである。

一家一門に属するとは、己だけの問題で済まされない。多くの身内に恥を掻かせることに繋がることを肝に銘じることだ。綺麗ごとや筋の話しはやってからでいい。

何度も言うが、やられたらやり返し、いかに世間を納得させられるかが重要なのである。


文・伊邪那 太郎