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新進気鋭の作家 ー伊邪那 太郎が放つ!ー 新連載『極道としての論理』③

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ー風格ー

「地位が人を作る」という言葉がある...。
その人物をそれなりの要職に就けることによって、その人物が実力を発揮するという意味で使われていると思うのだが...。

ヤクザ社会には裏事情がいろいろ絡んでいて複雑とされる。
この「地位が人を作る」という言葉を過信すると得てして混乱を招いてしまうのだ。
何故なら地位は人を変えてしまうからである...。
特にヤクザ社会においては尚更であり、結果的に汚点を残すことにもつながりかねない...。

「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」

と古き教えがある。

「功労があった者には禄を与えてもよいが、 然し、地位を与えてはならぬ。地位を与えるには自ずと地位に相応しい見識がなければならない」と...。

まさに今の山口組に当てはまると私は思うのだ。
六代目山口組も神戸山口組も正直言って、上辺だけの綺麗ごとを言っているように過ぎないと私は思っている。
山口組六代目から組織を離叛をされてしまった意味においては、司組長の汚点は既成事実として残るのである...。
そろそろ六代目山口組の執行部の責任は途轍もなく大きいことに気付くべきである...。

もちろん、神戸山口組にも同じことが言える。
盃を返した時点で後戻り出来ない、茨の道を進まねばならないのである。
そんな中、更に神戸山口組から不満分子が事もあろうにメディアを前に俄かに信じ難い誹謗中傷の会見を開いて、任侠山口組を旗揚げするいう前代未聞の出来事が皮肉にも山口組結成100年という節目に起きたのである...。

この時ばかりは山口組も安くなったものよと個人的に思ったものである...。

最近になって、神戸山口組の傘下組織とその任侠山口組が親睦団体という不思議な付き合いをされていると耳にした...。
処分とは何か。処分の重みとは何んだったのか...。
陳腐な言い方になるが、ヤクザの筋とは、何かを考えた時に...。
山口組の全国制覇を目指した時点で幾ら綺麗ごとを並べたところで結局「力が筋」というところにたどり着く...。然しながら、力が筋であっても頂点に君臨するものには必ず人格と品格が求められ...。

長を頂点に組織の舵取りを任される者達も同様で「人の道」
が求められるのである。


文・伊邪那 太郎