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絶縁から復帰できるケースも!?

六代目山口組から発行される回状の意味とは

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絶縁から復帰できるケースも!?

 六代目山口組の分裂は井上邦雄組長(神戸山口組組長)ら5名の「絶縁」。8名の組長に「破門」の処分を下したことに端を発しているのだが、今回は山口組における「絶縁」や「破門」とは、どのような処分なのか。あらためて考えてみたい。
 自発的に去りたいか、強制的に追放されるかにもよるようだが、ヤクザ社会から足を洗うには「引退」、「除籍」、「破門」、「絶縁」の4つのうちのどれかの手段が取られるケースが大半だという。
 懲戒処分としては「除籍」>「破門」>「絶縁」の順で重くなることは、ヤクザ映画やマンガなどでもしばしば描かれているので、広く知られていることだろう。


 まず「引退」だが、山口組で、正式に引退として認められ、引退状を関係者に配布できるのには、いくつかの条件があるというのだ。
 とくに重要な条件が「年齢」である。六代目体制では、特例中の特例として過去に一度だけ、40代で二次団体の若頭が正式に引退を認められたケースがあったというのだが、それは功労者であった大幹部の口添えがあったための例外で、本来は50代後半からでないと引退の状は発行されないことになっているらしい。
 したがってその年齢に達していなければ、いくら所属している組織から足を洗うことを円満に承諾されたとしても、あくまで引退ではなく、(引退扱い)の除籍となるというのだ。
「引退扱い」の除籍、と書いたのには理由がある。(破門に近い)除籍も存在しているからである。本来であれば、破門処分にするところを、本人のそれまでの功績などが反映され、除籍で穏便に幕引きとするのである。
 2008年に、六代目山口組傘下の有力組織、後藤組(当時)の後藤忠政組長が除籍されたときも、執行部は後藤組長に破門処分を下すことを検討していたが、後藤組長の功績や影響力を考慮して除籍処分に切り替えたのだと語る関係者も多い。
 ただし、引退に近い除籍であれ、破門に近い除籍であれ、ヤクザ社会から足を洗うことに変わりはないらしく、除籍からの復縁というのは、分裂以前ではなかったようだ。


 続いて「破門」である。これは組織から追放する制裁処分のことで、ヤクザ社会以外でも使われる用語である。
 ただし、破門は、「本人の改悛の気持ち」などが認められれば、元の組織に復帰できる場合がある。また、破門から引退や除籍に変更を認められた場合は、一度、手続きとして「復縁」の回状を出してから、その後にあらためて引退なり除籍の手続きをしなければならない、という取り決めがある。いくら話がついたとはいえ、形だけでもこの手順を踏まなければ、破門からの除籍、もしくは、破門からの引退という道筋はありえなかった、という。


 最期にヤクザ社会からの死、つまり「絶縁」なのだが、六代目体制になってからは、よくいえば慎重、悪く言えば「自主性を取り上げられた形になった」らしいのだ。
 六代目体制発足後、不文律の一線(例えば、覚醒剤に関与した事件に関わってしまったとか、警察に組織の秘密事項を投げ込んだりしたとか)を越えたりしない限り、総本部からスムーズに絶縁の許可が降りるということはなかったようだ。
 破門を絶縁に切り替える場合も同様で、どちらのケースも二次団体のトップもしくはその本部事務所に、本家部屋住み責任者として常に本家に詰めている弘道会幹部から事実確認の連絡が入り、その後あらためて正式に決定するらしい。
 また、絶縁ではあるが、意外なことに山口組では、渡世からの永遠の追放ではないのだという。
 建前では、もちろん永久の追放である。だが、五代目体制時代から、その絶縁の決定を下したトップが入れ変わる、またはその組織自体が解散、もしくは組織が処分を受けた場合には、絶縁の効力がなくなる、というケースもまれにあったというのだ。
 また、総本部からも、二次団体の代替わりに際し、一定の期間を設け、「その日までであれば、これまでの処分者を拾ってよい」という通達が出されることもあったという。時代、時代の時の権力によって解釈が変わることもあり、人事上の処分については必ずしも簡単に処理できることばかりではない、ということなのだろうか。


(R-ZONE編集部)