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平成22年9月②

小説「忘れな草」第32話 沖田臥竜

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平成22年9月②

「ちゅうて。おいおいっ、勘弁してくれや。かりにもオレは極道ー」
「チュウッ!」
オレの声にゆまの甘えた声が重なりあった。
後1年もしない内にこんなにも甘えた声を出す彼女が鬼軍曹に変貌をとげるなんて、この時のオレにどれだけそのコトを丁寧に説明してやっても、これまた信じようとはしないだろう。
女とは正に恐ろしき生き物である...

観覧車の中で幸せが溢れかえり、沸騰していた。
もし幸せをキャンパスに描くコトができたなら、
どう描いてもこの2人になってしまうのではないだろうか。
オレは照れてとろけてしまいそうになりながら、ゆまの唇に自分の唇を重ねる口づけを贈った。
重なり合った唇をゆっくりひきはなす。閉じた彼女の瞳がゆっくりと開かれる。観覧車の中の時が、
ゆっくりと止まる。
「ゆまのコトすきっ?」
「何ゆうとんねんっ。きまっとるやんケッ」
「いや、ちゃんとゆうてっ!」
「ちゃんとって、好きにきまっとるやんケッ」
「もっとぉ。もっとちゃんとゆうてっ!」
「好きや、好きや、ゆまのコトが世界で一番大好きやっ!」
何をやってんだか。ごちそうさんである。

二人の為だけに地球が回っているような、二人の為だけにクリスマスイヴがあるような、そんな幻想をみたとしても、誰も二人を責めるコトはできないだろう。
甘いムードにぴったりのラブソングが観覧車の中に流れた。ゆまがバックの中から、携帯電話を取り出す。
「ママっ!!」
もしかしたら、ゆまが会話の開始ボタンを押す前に飛び出してきたんじゃなかろうか。ゴンドラいっぱいにあいのすけの元気な声が響きわたった。
ーどこいってんのっ!!、じゅりもいっしょなん!!ー
オレとゆまは見つめ合うと、同時に微笑んだ。
はっきりと、そうはっきりと幸せというヤツが目の前にあって、オレは確かにそれを見ていた。気のせいだろうかー

ーわんわんーとつぶやくゆまの瞳を見て、あの頃の彼女を思い出していた。
人間は複雑な現実よりも、過去の思い出にすがりつきながら、生きて行こうとする生き物なのだろうか。
そして今日という日も時が積み重なれば、美しく輝く時が来るのだろうか。その時、オレはいったい何をしているのだろうか。
ーわんわんーゆまの甘えた声が耳に心地良く、いつまで響いていた。

セルシオから降り立ったオレは、豪邸という形容詞がぴたりとはまる家の前に立っていた。
インターフォンを押す。
ーはいっはいっー
声色を少し聞いただけで、おしゃべりが好きそうなコトがわかるおばちゃんの声が、インターフォンから弾き出されてきた。
「さっき電話させてもうた塚口ですけど-」
ーああっ、はいはいっ!ツカグチさんねえっ。ちょっと待ってくれるぅ。今すぐ開けますからっ一
時間にして二分もしない内に、玄関の扉が開けら
れた。
五十代後半であろうか。中から出てきたおばちゃんは、派手派手しい衣装に派手派手しいメイクを施し、かけているメガネが厭味なくらい金色に輝いていた。
化粧の臭いか香水の香りかよくわからないけれど、しばしの間オレは、おばちゃんが醸し出す「臭い」に圧倒されていた。
「さあさあ、入って入って。大変だったでしょう。アレッその車、あなたのっ?」
何が大変だったのか。もしかしたら、オレの波瀾万丈な人生のコトを言っておるのだろうか。
オレが乗ってきたセルシオを目敏く認めると、厭味に輝くメガネの奥の瞳までギラリと輝いたような気がした。
「さあさあさあさあーっっっっ!!!」
おばば...失礼。おばちゃんの「さあさあさあ」に導かれるまま、オレは「屋敷」の中に入った。
通された室内には、わんころに関連する商品がランダムに置かれてあった。
部屋の角には、柵でしきられたスペースがあって、その中で4ひきのわんころ達が、無邪気にたわむれていた。
家で買っていた犬に子供ができたというよりも、ようするにおばちゃんの正体は、ブリーダーというヤツらしい。
まあ、そんなコトはどうでもいいコトなので、あまり深くは気に止めず、オレは4ひきのわんころの中から、一番活発に活動している『ちびすけ』を抱きあげた。