>  > 小説「忘れな草」第21話 沖田臥竜
平成2年冬②

小説「忘れな草」第21話 沖田臥竜

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

平成2年冬②

二月十四日。幼稚園の頃の4個をピークに敗け戦(いくさ)が、続いていた。
数年前までは、自軍の母と姉から、虚しさとやる瀬なさでコーティングされたチョコレートをもらっていたが、それすら姉は小4で終わり、母も小6を最後にくれなくなった。

理由は簡単だ。姉の場合は、よくオレが姉の貯金箱やサイフに手をつけるからで、母の場合はオレが中学生になり、可愛い気のないコトばかりして、母をおこらせるからであろう。

もしかしたら、「巣立て」という意味合いも含まれていたかも知れない。

そもそもヤンキーという職業は本来モテるものではないのか。
ヤンキーマンガの主人公を見ても、よくわかる。
ヤンキーは大概モテておるし、可愛いいギャルがついておる。
もしかしたら罪の清算として、コンチクショウ的にバリカンで担任のウラに剃りあげられた青ピカリの坊主がいけないのか。
それとも主人公ではなくエキストラに近い、通りすがりの脇役だから、モテないのか。
多分その辺りではなかろうかと考えていた。

年かさのいかない「ぼく」だった頃のオレには、性格の問題も大きく関係しているというコトが、まだ理解できていないようだった。
若さとは実に美しきものである(そうか?) 。


「樹愛がくれんちゃうん?」
何を血迷ったか、マサキはそんなコトを言いだした。
「なっなっなんで樹愛がオレにくれんのさっ。オッオレそんなんちゃうしな。
なっななんで樹愛がくっくれんのさっ!?」
自分でも惨めなくらい言葉を吃らせ、大慌てで否定した。
オレには動揺すると標準語が入るという変わったクセがある。
そんなオレを見て、マサキはますますニヤニヤしだした。
「だって塚口は樹愛のコト好きなんやろ?」
「だっ誰が言ってたのっ!もしかして悟志!?」
オレは迷いも戸惑うコトもなく、幼稚園からの無二の親友を疑った。
悟志にだけは、胸に秘めた一途な想いを打ちあけていた。
「そんなん、みんな知ってんで。中1の時、樹愛が学校来てへんか、毎日オレらの教室まで見に来とったやんっ」
バレていた。隠密の上に隠密ドウシン(?)となり、ぬかりなく自然体を装っていたというのに、こやつは人の心を見抜くエキスパートかっ!?
はっ!そういえば、マサキと樹愛は一年の時、同じクラスだったではないか。
誤算だった...。

「ちゃうちゃうちゃっ、ちゃうしな。あれは別に樹愛を見に行っとった訳ではなくて、違う好きな女子がいたからやしなっ」
この期に及んでとはよく言ったもので、オレは往生際悪くしらばっくれた。

「はいっはいっ」
「ホントやって、ホントにホントにホントやってぇ!」
ムキになればムキになるだけ、否定の証と思い込んでいたあたりが、まだまだ「ぼく」だった。

憂鬱だった。心の端っこがチクチク痛んだ。
これから死ぬまで、毎年2月14日がやってくるかと思うと、先がおもいやられた。
どっかの国の大統領選挙なんかより、オレにとっては明日チョコレートがもらえるかもらえないかのほうがよっぽど重大な出来事だった。

一樹愛がくれんちゃうん?ー

マサキの言葉にドキッとしたけれど、そんなコトは絶対にない。あったらいいけれど、絶対にない。あつたらいいのだけれども...あったら...。

翌日。少しの期待と大きな不安を抱え、オレは同士、悟志と一緒に戦場となる学校へとむかった。

「サトシせんぱーいっ!」

戦場に着く前に戦(いくさ)は既に始まっていた。

ーサトシせんぱーいっ!ー
この瞬間に、オレと悟志の幼稚園からの友情は、はかなく途切れた。
目の前にかけ寄って来た兵は、中1の女子3名。
みる所、足軽隊ではなかろうか。
3人ともヤリではなく、胸の前にハート型のチョコレートを大切そうに抱きしめている。

「せんぱいっコレ食べてくださいっ♡」
3人が同時に、胸の前で抱きしめていたハート型を悟志の前に差し出した。

「ちょっとまったらんかいっ、ワシの立場はどないやねん!」
時が平成二年などという、生ぬるい頃の「ぼく」ではなく、酸いも甘いも噛み分けた、2000年代の「ワシ」であれば、迷うコトも誰に遠慮してみせるコトもなく、こうカマシ上げていたコトであろう。
もしかしたら、このコトによって心のバランスを崩し、精神的苦痛を与えられたとインネンをつけ、3人の足軽からチョコレートを恐喝してやろうと目論んだかもしれない。

しかしこの頃のオレは、いかんせん、生ぬるい頃の「ぼく」だ。つっぱってはいても、所詮中学二年生だ。
やり場のない恥ずかしさに、顔を真っ赤にさせながら、俯くコトしか術をしらなかった。

これが後へと続く悲劇の始まり。序章にすぎなかった。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』『尼崎の一番星たち』(共にサイゾー)など。最新刊は『死に体』(れんが書房新社)