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平成22年⑤

小説「忘れな草」第19話 沖田臥竜

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平成22年⑤

オレはとらのすけにそういう思い出を、青春のグラフティーとして心の中に残してやりたかった。

オレがこうしてとらのすけの学校へと怒鳴り込み、有無を言わさず教師達をかち上げたコトが、褒められたコトではない事はわかっている。
それをわかっていてあえて実行に移すのは、オレがバカだからだ...ではない。
それもないコトはないかも知れぬが、ここではバカは関係ない。

もしもとらのすけの身に取り返しのつかない不幸が襲ってしまったら、オレは残りのすべての人生を棒に振ったとしても、復讐の百鬼と化すであろう。
間違っても教師達の「学校では毎日元気に振る舞っていて、気がつきませんでした」とか「イジメなんてそのような報告は、まったく受けておりません」等のお定まりの言葉では、納得しやしない。

教師達にも言ってきたように誰のせいであろうとなかろうと、かかわったすべての者に対して「後悔」の二文字を刻みつけてやる。
言葉は乱暴だが、みな殺しにしてしまうと思う。
だけどそれでとらのすけがかえってくるかといえば失われた命は、二度と戻って来ない。

もう大丈夫だからかえっておいでと、どれだけ叫んでも逝ってしまった魂は、二度とこの世にかえってはこない。
人の死とはそういうものだ。
だからこそオレはオレのやり方で、とらのすけを守ってやろうと思うのだ。
バカだから方向性が一般常識という概念から鑑みれば、大きくズレているかもしれないが、それはバカだから仕方ない。
何もせずに後になって後悔するより、やるコトをやってから後悔する方がまだましだ。
オレはそうやって生きてきた。

「本当に先生申し訳ありませんでしたっ。マサルッ!あんたもちゃんと謝りんかいねぇっ!」

生徒相談室のプレートがかかっている教室の前で、生徒とその生徒の保護者とおぼしき母親が、教師にむかって頭(こうべ)を垂れていた。
事情をわざわざ聞かなくとも、その「まさるくん」が何か悪さをし、親が呼び出されている風景だと言い当てるコトができた。

自慢じゃないが素行すこぶる悪かったオレも、こうやって何十回と親を我が学び舎へと招待さしあげたもんだ。
もっともウチの場合は、学校から出頭命令がかかると、母ではなく父がやって来た。
もっと正解にいえば、母から命を受けた父が、自転車でギーコギーコとやってくるのだ。
口やかましくて、いまだにコトがおこればオレに踊りかかってきかねない、母に比べて、父は気の優しい人だった。
もう他界してしまったので、真相はわからないが、多分息子であるオレのコトを嫌っていたと思う。
オレも年をとればとるだけ、オレのコトを窺うような怯えた目で見る父のコトが嫌いだった。
父はいつも自転車で学校へ来ては、オレの言い分や理由を聞こうともせず、ただひたすら教師にむかって頭を下げた。
オレはその仕草が嫌でたまらなかった。

「樹里っ、お前も謝らんかぁっ!」
と、そんな時だけ、やけにえらそうにする父に強く反発した。
なぜ、オレの言い分を聞こうともしないで教師に頭を下げるのか。
100%悪くとも、子供は親にだけは自分の味方であって欲しいと願う。オレはそうだった。
悪かろうが正しくなかろうが、たとえ世界中の大人すべてにしかられたとしても、親にだけは、最後の最後まで味方であって欲しかった。

そうするコトで出来の悪い子供も、自分のコトをこんなに想ってくれている親に迷惑をかけてはいけないのではなかろうかと、バカな頭で一生懸命考えたりするものではなかろうか。
オレが言ってるコトは、子供の甘えかもしれない。甘ったれかもしれない。いいではないか。
子供なのだから。親に甘えてよいではないか。

オレは父がずっと嫌いだった。
もしあの頃、父がオレのコトをかばってくれていたら、もっと違う人生になっていたはずだと、ひどい逆恨みをおこしたコトだってある。あんな情けない大人にだけはならないぞっと、ずっと思っていた。
なのになぜだろう。今、こんなにも父を想うのは...。

嫌いだった父に、何一つの親孝行をしてやっていない。せめて父の好きな将棋でも一度指してやりたかった。
父はどれくらい強かったのだろうか。それすらオレは知らないままで、もう知るコトすらできなかった。

「おっ、そうきたか。なかなか樹里、しぶい手、指すな」
「当たり前やんケッ、懲役の年数はダテやないがなっ」

あの世で逢ったら、酒でも呑みながら、一局指したいものだ。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』『尼崎の一番星たち』(共にサイゾー)など。最新刊は『死に体』(れんが書房新社)