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2 2年7月7日

小説「忘れな草」第26話 沖田臥竜

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2 2年7月7日

二年前のオレは塀の中でかろうじて息していた。
沸き上がるどすぐろい情念をひたすらやり過ごし、いつ見捨てられるかもしれないという恐怖に支配されながら、どうにか、こうにか、生息し続けていた。
愛情なんてなかったと思う。
いっちゃあなんだが、出所すればこちらから別れてやろうとさえ思っていた。
だけど塀の中で、別れるのだけは、どうしてもごめん被りたかった。

理由は簡単だ。「奴」コトゆまに見捨てられてしまえば文字通り、みなしごハッチになってしまうからだ。

先陣をきって親にさえ見捨てられてしまったオレ
は、ゆまに見捨てられてしまうと、本当の一人ぼっちになってしまう。
それが怖かったのだ。
呪いの呪文のように
「別れてやる、別れてやる、ぜっーたいに別れてやる! 」
とつぶやきながらも、ただひたすら面会へと来てくれるコトを祈っていた。
やはりオレは病んでいた...。


「りゅうは、なんて書いたんっ?」
七夕の笹に飾る短冊に願い事を書く次男に尋ねた。

とらのすけもあいのすけも、そして目の前のりゅうのすけもオレの実の子供ではない。
ゆまと前の男との間にできた子供達だ。

「弁護士になれますよぅにっ! 」
りゅうのすけはオレの問いに叫ぶようにこたえると、書き上げたばかりのピンクの短冊を見せてくれた。
小学6年生とは思えない程の達筆で認められている。懲役で独自に練習したオレなんかより、ずっとうまいではないか。

七夕のこの日、3兄弟の中で、一番最初に帰宅してきたりゅうのすけとオレは、二人で短冊を書いていた。
「樹里は何お願いすんのっ?」
くりっくりっの大きな瞳を少しはにかませながら、声変わりし始めた声で、オレに尋ねてきた。
「そうやなっ、りゅうとあいがケンカしませんようにってお願いしよっかなぁ〜」
冷蔵庫のジュースがなくなった、テレビの番組争い、ゲームの順番の後先...。
日常生活のあちこちで、りゅうのすけとあいのすけはとっつかみあいを始めた。
引っ掻きあい、つねりあい、一度始まったとっつかみあいは、たたき合いへと発展しママの雷が落ちるまで、毎回エンドレスに続けられる。

まぁ、よくもそんなにケンカする理由があるもんだ、とケンカを商売にしてるオレでさえ、関心してしまうくらいだ。

「ちがうでっ!あれはあいが悪いねんでぇ。いっつもいっつも、弟のくせにゆうコトきかへんし、それになっ、それになっ、ぼくのコトへいすけとかへんな呼び方するしなっ!弟のクセにっ」
お兄ちゃんのりゅうのすけが言う通り、わがままなのは、弟のあいのすけの方だろう。
天真爛漫なあいのすけは、わがままいっぱいに生きている。真ん中のお兄ちゃんの彼は、いつもそれに手をやかされているという訳だ。

だけどそんなあいのすけのコトを心の中では大好きなのをオレは知っている。
時々お兄ちゃんのりゅうのすけの方がやりこめられて、泣かされてしまうコトもあるけれど、あいのすけのコトを大切に思っているコトを、オレは知っている。

そんなりゅうのすけの弟想いの部分がオレは、大好きだった。
この優しさを育んで、大きくしてやるコトがオレの役目ではないかと思っていた。

「りゅうはなんで、弁護士になりたいん?」
「樹里がな、警察に捕まった時に助け出してやらんといかんからなっ」
なんて健気でなんて頼もしい子であろうか。

子供心に自分の大切に想う人が病いに苦しんでるのを見て、将来医者となり、その人を救ってやりたい、というのは聞いたコトあるが、ろくでなしのヤクザ者がパクられた時に情状酌量を訴え、少しでも刑期を安くする為に、弁護士になりたい、というのは、初めて聞いた。泣かせるではないか

ー先生っ!その時は、一つよろしくお願いしますぞぉ。オレの顧問弁護士となり思う存分、法廷で検事相手に暴れてやって下さいな。でも先生っ!そのコトはくれぐれも、おばあちゃんとおじいちゃんにはご内密に頼みますぞぉ!ー

書き上がったばかりの短冊を、りゅうのすけと一緒にベランダの笹へとくくりつけた。
2人でその笹をニコニコしながら眺めていた。

「ひこ星様とおり姫様はちゃんと天の川で会えんのかな...」
どこまでも広がるスカイブルーに彩られた空を見上げながら、りゅうのすけがポツリとつぶやいた。

穏やかで、平和なひと時がここにあった。
もし時空を超えるコトができて、どす暗い情念をくすぶらせ、のたうちまわっていた二年前のオレに、この光景を見せてやるコトができれば、残りの受刑生活がどれだけ楽になったコトであろうか。

始まりそうな夏いろの風に頬をなでられながら、オレはそんなコトを考えていた。

「ただいまっ!ただいまっ!」
なぜあいのすけは「ただいま」をリフレインさすのであろうか。
彼なりのゆずれぬこだわりであろうか。
学校から、もしくは遊びから帰ってくると、あいのすけは必ず大声で二度帰ったコトを告げる。
ゆまの話しでは、それは家の中に誰がいようがいまいが、おこなわれるあいのすけの儀式(?)らしい。

「じゅりとへいすけ、 なに、なに、なにしてんのっ!」
ベランダのオレとりゅうのすけを発見した彼は、賑やかな声を上げてすぐに駆け寄ってきた。
「短冊書いとったのっ。あいも今日、二時間目のゆとりの時間に学校で書いたやろっ」
りゅうのすけがそう説明すると、何事にも好奇心旺盛なあいのすけは、もうその大きな瞳をキラッキラッに輝かせている。
「かして、かしてっ、あいもかくっ!あいもかくっ!」
どうも彼は基本的に同じ言葉を二度繰り返す特徴があるらしい。
「ちょっとまて、用意したるからぁ」
身体いっぱいで慌ただしく辺りを飛び回るあいのすけを制しさせると、あいのすけ用の短冊とマジックペンをりゅうのすけはビニール袋の中から、取り出し、あいのすけに手渡した。
「はよかせやっ!」
りゅうのすけの手から、それらをひったくるようにして、すぐに短冊へとペンを走らせた。
りゅうのすけは、あいのすけの乱暴な振る舞いに頬を膨らませていたが、いつものコトと思ったのだろう。
あいのすけを咎めるようなコトはいわなかった。

オレは長男のとらのすけを含めて、こうやってチビ達のやり取りを何気なく眺めているのが好きだった。
「でけたあっ!」
書き上がった短冊を大空に向かって掲げた彼の表情は、得意そうに輝いていた。やはり兄弟だ。先程のりゅうのすけと同じ顔をしている。

ーもう、じゅりが刑むしょにつれてかれませんようにー

あいのすけが書いた水色の短冊には、はみ出してしまいそうな大きな文字で、そう書かれてあった。
お世話にも上手とはいえない、元気だけが取り柄な文字だったけれど、りゅうのすけといい、あいのすけといい、なんて泣かせる子供達であろうか。

ーおいつひこ星よ。ちゃんと二人の願い事を叶えてやってくれよ。くれぐれも「樹里」をもう刑務所に連れて行くんじゃないぞぉー


あの頃の七夕がずっと遠くになろうとしている。
今こうしてる時間も同じように遠くなってしまうのだろうか。

うっすらと吹く風の向こう側に、オレはチビ達をみながら、「あの頃」の時間を思い出していた。