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平成2年冬

小説「忘れな草」第20話 沖田臥竜

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平成2年冬

「本当に先生すいませんでしたっ。樹里っ、
お前も謝らんかっ」
「うるさいわっ、なんで謝らんといかんのじゃぁ!」
頭を無理矢理押さえつけて、下げさそうとする父の手を払いのけた。

中学二年生の冬。この頃になると、父が学校へと来る回数が、休みがちな生徒なんかよりも、多くなっていった。

「どうやったん?」
屋上に上がると、悟志という、同級生の男子生徒が声をかけてきた。
悟志とは幼稚園からの付き合いで、いわゆる幼馴染みというやつだ。
回りの視線もオレに集まっていた。
男子四人、女子四人。その中には、樹愛の姿もあった。全員が同級生だ。

何がきっかけという訳ではなかったけれど、三学期に入ってから、これまで別行動をとっていた、樹愛率いる女子不良グループと、オレが「率いられる」男子不良グループが、つるみ始め一緒にヤンチャをするようになっていた。
そのたまり場と呼ばれる場所が、よくありがちな風景。校舎の屋上だった。そこが、オレ達の聖域だった。

「アホのウラにさらのセッタとられてもうたわっ」
そう言いながら、輪の中に加わり、悟志がくれたセブンスターを口にくわえた。

どうってコトはない。ただ授業中にバクチクを鳴らし、授業を妨害しただけだ。
それだけの理由で、仕事中だというのに、父親は呼び出され、オレも生徒相談室へと連行され、担任のウラに買ったばかりのセブンスターを没収されてしまったのだ。
ただそれだけだ。どうってコトなかった。

中学二年生のオレにとって、確かにタバコ代の220円は、大きかったけれど、たいしたコトではない。
一つ、憂鬱なコトがあるとしたら、学校よりの出
頭命令の罪状をコト細かに、父が母にチンコロしているコトだ。
律儀者の父は、バカ息子がタバコを没収されていたコトまでキチンと伊丹塚口家を牛耳る大黒柱(母)へと、報告しているに違いない。
今頃、母は頭に角をはやし、そんなボンクラ息子の帰りを、今遅し、と待ち侘びているコトだろう。
それを思うと、心の端っこのほうが、少しだけチクチクと痛んだ。

オレは仲間達と悪さをするたびに、そんな小さな痛みを抱えながら、その日その日をワクワク、ドキドキする為に生きていた。
まだ大人になるという意味もわからなかったし、
五年後の自分の姿にすら興味なかった。

この頃の興味といえば、テレビゲームでもマンガでも、もちろんスポーツなどでもなく、ぶっちぎりで樹愛のコトだけだった。
遠くから眺めているのが精一杯だった樹愛が、今は手を伸ばすと触れるコトの叶う場所にいた。
オレは毎日、その樹愛を笑わすコトばかり考え、たくらんでいた。
樹愛はよく笑ってくれた。オレのくだらないギャグにも冗談にも、よく笑顔をみせてくれた。
その笑顔が本当に楽しそうに見えたから、オレも心から嬉しくて、またバカなコトを考えた。
いつか、この時間が過去になるコトは、漠然と理解してはいた。
けれど、いつまでも壊れずに「永遠」であって欲しいと思っていた。
多分オレだけではなく、樹愛も悟志も他のみんなも、そう思っていたと思う。

「あ~あっ、明日なんで創立記念日と違うねんっ。ホンマ休もうかなっ〜」

学校からの帰り道。冬の香りを胸一杯に吸い込みながら、空で輝く星屑達を見上げ、ため息に支配された白い息を撒き散らした。
寄り道して遊びほうけている内に、時刻は午後九時を過ぎていた。いつものコトだ。

「心配せんでも誰かくれるて」
気休めなんていらなかった。オレが欲しいのは、チョコレートだけだ。
「いいやっ、誰もけっーしてくれへんな。間違いない。マサキはええよなっ。サユリちゃんがいてるし、モテるもんなぁっ」
マサキの根拠など、まったくない、その場しのぎの気休めをカ強く否定しながら、マサキを羨ましく思った。
羨ましく思うだけの理由がマサキにはある。
中学二年生のクセに、サユリちゃんというべっぴんさんの彼女がいるのも、その理由の一つだし、男のオレから見ても、可愛いらしいマサキの顔もその理由の中にもちろん入った。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』『尼崎の一番星たち』(共にサイゾー)など。最新刊は『死に体』(れんが書房新社)