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平成2 2年2月

小説「忘れな草」第12話 沖田臥竜

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平成2 2年2月

樹愛とまたこうして無邪気に笑い合いながら、この曲を聴くコトがあるなんて、人生とは本当に何がおこるかわからない。
だけど、ここまでだった。これが小説ならば、偶然出会った二人は、あらたなドラマを生んでくれるのだろうが、現実の世はいつだってシビアにできている。
携帯番号を交換するコトも、メールアドレスをかわすコトもなく、たわいない昔話に花を咲かしている内に、車はコンビニの前に戻って来ていた。
「逢えてよかった.」
樹愛の言葉。短い言葉だったけれど、それはオレも同じだった。

「あんなクソみたいな別れ方してもうたから、正直ゆうて樹愛にはめちゃめちゃ嫌われてる思てたし、こうやって昔みたいに普通にしゃべって、普通に笑い合えるなんてもうない思とった。
オレもホンマに逢えてよかった。
ホンマによかった、、、」

オレの言葉は樹愛に伝えるというよりも、自分の想いを口に出して、噛み締めているような、喋り方に聞こえたかも知れない
「じゃあ、行くね。」
樹愛を引き止める理由も言葉もオレにはなかった。
「ああっ」
と短くこたえたのを合図にして、樹愛は助手席の
ドアを開け、オレの知らない場所へ帰る為に車から降りていった。
オレもここからアクセルを踏み、オレの帰る場所へと戻って行く。それだけだ。ただそれだけのコトだ。

「じっちゃん、彼女大事にしてあげえやっ。刑務所ばっかり行ってたら捨てられちゃうで〜」
微笑む樹愛の表情が、ほんの少しだけ淋しそうに見えたのは、オレの思い過ごしだったのだろうか。
「わかっとるよ。ほんならな」
微笑みかえしたオレは、アクセルペダルに載せた足に力を加えた。
オレはどんな顔をしていたのだろうか。
樹愛と同じように少し淋しげな顔をしていたのだろうか。自分でもわからなかった。
オレは、久しぶりに樹愛に会えた嬉しさと、会うコトによって心の中に出来た空洞を持て余していた。
しいてその空洞に名をつけるとすれば、それは感傷と呼べる部類のものかもしれない。

もしも樹愛がやり直したいと言ってくれば、オレはどうしただろうか。
ゆまや三人のチビ達との生活を投げ捨ててまで、もう一度あの頃に立ち戻ろうとするのだろうか。

なんだか知恵熱が出てきそうな難問だ。