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「忘れな草」第11話

小説「忘れな草」第11話 沖田臥竜

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「忘れな草」第11話


オレも自分の教室へと戻ろうとむきをかえたが、樹愛だけは自分の教室とは、逆のほうへと歩き始めた。

「おいって、、、」
思わず樹愛を呼びとめた。
「なによおっ」
ちょっとスネたように口をとがらせ振り返った樹愛を見て、眩しく感じたのは、何も晴れわたった秋の陽射しのせいばかりではなかったと思う。

「どこ行くねんな、帰んのかっ」
「ちゃう。ウォークマンの電池きれたから、コンビニ行ってくる。」
授業をサボタージュして、単身コンビニにウォークマンの電池を買いに行くというのである。
なんだか不良高校生のようではないか。

「お前そんなもん、学校終わってから買い行けよ。
オレにはラリんなとかゆうて、蹴りまで入れるクセに」
ひそかに根には持っていた。
「シンナーとウォークマンの電池買いに行くのは、全然ちゃうよ」
ごもっとも。
再び背を向けて、歩き出そうとする樹愛をもう一度呼び止めた。
「待てってー」
伝えたい言葉がありすぎて、臆病なオレはうまくその想いを口にするコトができない。青春というやつだな。

「もっと学校ちゃんと来いやっ。お前が学校来んかったら、なんてゆうか、その...おもろないやんけぇ」
言葉は尻つぼみに蚊の泣くような声になっていった。
オレはもじもじしながら、自分の足元の上履きにシミを見つけ一生懸命反対の上履きの足の裏でこすりつけた。
一連の動作に意味はない。

「これ、あげる」
オレにむかって差し出された樹愛の手には、ウォークマンの中から抜きとったカセットテープが、握られていた。
「なんやねん、これっ」
受け取ったテープをまじまじと見つめながら、樹愛に問うた。
「A面の2曲目がめっちゃええから、樹愛がいなくて淋しい時は、このテープ聴いて樹愛のコト感じときつ」
この時の樹愛のいたずらっぽい笑顔を、声色をオレは忘れるコトないだろう。

このA面の2曲目がオレの大切な曲になった。嫌なコトがあった時、嬉しいコトがあった時、何もなかった時、いつもオレは一人でこの曲を聴いていた。
繰り返し、繰り返し一人で聴いてたこの曲は、時を得て樹愛と一緒に聴くようになるのだけど、この時はまだオレも樹愛もそんな未来のコトなんてわからなかったし、想像するコトも出来なかった。
C DでもYouTubeでもなく、テープが主流だった頃の話しだ。