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「忘れな草」第9話

小説「忘れな草」第9話 沖田臥竜

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「忘れな草」第9話


オレに駆け寄ってくる樹愛を見て、「ガン」を飛ばしたと勘違いを招いてしまったのか、と本気でビクついてしまった。

「なぁ、あんた七組の塚口やろう?」
カマシにしては、声色が穏やかで好戦的というよりも、どちらかと言えば好意的に思えた。
何よりも、オレみたいなローカルを知っているコトにびっくりした。

「そっそうや」
「下の名前 」
「えっ?下の名前?」
「樹里ってゆうんとちゃうん。アタシも樹木の樹ってゆう字に愛って書いて、きあいってゆうねん。セイヤァ、ハァ!」
オレと樹愛の人生がリンクした瞬間だった。

その日をきっかけに樹愛は廊下などですれ違うと、気軽るに話しかけてくるようになった。
昔から人一倍思い込みの強いオレは、「はは~ん、これが俗にいう両想いというヤツだなっ」
と、一人先走りの早合点をうち、舞い上がっていた。
色々な意味で幸せな少年である。


「うそっ!?」
同じグループの仲間から、樹愛が三つ上の先輩と付き合っていると聞かされたのは、その年一番の暑さとなった、終業式の日だった。

「失恋」。想いを伝えた訳でも、もちろん付き合っていた訳でもなかったけれど、その時の気持ちを表現すれば、正にその言葉以外見当たらない。
教室の中のざわめきと、校庭からもれてくるアブラゼミとクマゼミの絶妙なハーモニーを遠い耳にしながら、オレは打ちのめされていた。

「あっ!じっちゃんやっ!のせてったろかぁっ!!」
終業式の帰り道。オレの心中など微塵も慮るコトも知るよしもない樹愛が、自転車のケツから追い越しぎわに、笑い混じりの声をかけてきた。
一瞬ドキッとするオレ。すぐにドキッとしてしまった自分に腹が立った。

「フンッ!」
オレはハナを鳴らし、あさっての方向へ顔をむけた。

「あッ何それぇ塚口、感じわる」
「無視するなやっ塚口っ!」
「あんた態度悪いねんっ!!」
数台の自転車に分かれて便乗した女子共が、口々にオレの態度の悪さを罵ってきたので、ニラみつけながら応戦した。
「やかましわいっ!!」
どの女子の顔も「キッ」としていたけれど、振り返りながらオレを見ている樹愛の顔だけは、悔しいけれど、抱きしめて潰してしまいたくなるくらい、可愛いかった。

失恋の痛手からと言えば、言い訳というより、どちらかと言うとうそだが、この夏休みにオレは、シンナーと一人エッチを覚えてしまった。

一人エッチとシンナーを覚えてしまったオレは、なんだか急に大人になってしまったような、えらくマヌケな錯覚に陥ってしまい、四十日にもわたるロングバケーションをまるっきりムダに過ごしてしまった。

そんな最低な夏休みは「さる」が如く終わり、オレ達の二学期の幕が明けた。

久しぶりに見た樹愛は、やっぱりどこまでいっても樹愛のままで、九月の太陽が霞んでしまうくらい輝いていた。
もともと大人びていた樹愛は、ひと夏の経験でも済ましてしまったのだろうか。この夏ですっかり大人になってしまったような気がして、目線が合うたびにどきまぎさせられた。

そんな樹愛に、オレもこの夏で成長したんだ、という証拠を見せつけたくて仕方なかった。