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悪夢再び

沖田臥竜エッセイ 『茜いろの日々』

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悪夢再び

気がつけば広島ファンであった。これは父親の影響である。野球がずっと好きで、小学3年から野球を習っていたので自信もあるし、ルールにも詳しい。

ベース投げで一躍有名になったマーティ・ブラウン監督の後任として、満を持してカープの生え抜き野村謙二郎が就任。思惑では、ここから野村政権が続く予定であった。
だが野村カープも振るわず、いつしか12球団で1番優勝から遠のく球団となってしまっていた。
そして2015年。野村監督に代わって監督に起用されたのが、アイドルであった中條かな子さんを妻にもつ緒方孝市。緒方監督もカープ一筋の男であった。
就任一年目。自身がそうであったように、緒方監督も選手たちを厳しく指導したという。それが12球団一練習が厳しいと言わる広島野球なのだ。
その指導をたしなめたのが、何を隠そう緒方監督の娘さんだった。

流行語にもなった「神ってる」と言う言葉は、緒方監督の娘さんから広まっていった言葉なのである。娘さんのお陰でカープベンチは見違えるように明るくなった。そんな矢先の2016年。カープに衝撃が走る。絶対的エース前田健太の大リーグへの移籍。カープファンの誰しもが思った。

「これでますますカープは優勝できなくなった」
と。

だが前田健太の移籍が逆にカープ陣営を奮起させたのだ。全てがまさに神がかり、その年、25年ぶりにリーグ優勝を成し遂げたのだ。優勝だけではなくカープ女子まで登場しており人気も急上昇。日本列島が真っ赤に染まったのであった。
その光景は小学生の頃クラスメイトたちがタイガースかジャイアンツのどちらかの球団を応援している中で、たった1人カープの赤い帽子を被り続けていた私には信じられない光景であった。

その後も怒涛の快進撃は続き、2連覇を果たすと球団初となる3連覇を達成。カープフィバーは止まることを知らなかった。
3連覇の原動力となったのは、1番田中、二番菊池、三番丸の「たなきくまる」の存在だろう。中でも3番の丸は今年見事に開花して見せた。
私は思った。山本浩二や衣笠祥雄がいた黄金時代よりも、野村、前田、緒方、江藤がいた新黄金期よりも強いのではないかと。
だがしかしまたしてもカープに衝撃の移籍が駆け巡ることになったのである。
丸がFAを行使し、ジャイアンツへと移籍してしまったのだ。

川口に始まり、江藤、金本、新井、シーツ、黒田、マエケン...。カープファンは慣れている。慣れているのだが、ここでの丸の移籍は大きな痛手であった。丸はそれだけの選手に成長していたのだ。

金本がタイガースへと移籍した際は、二度とカープに戻ってくるなと思いはしたが、丸は違う。
丸は好きなバッターだった。純粋に来年もカープのユニフォームを着た丸を応援したかった。
それだけに、私は一抹の寂しを覚えずにはいられなかった。

ただ丸はもう安心したのかもしれない。カープの層は厚い。自分が居なくとも充分に戦っていけるチームになったと安心したのかもしれない。
金だなんだと叩くマスメディアもいるが、日本人初の1億円プレーヤー落合は全盛期になんて言っていたか知ってるか。
金をくれるならどこの球団でも行くとはっきり口にしていたのだ。野球とて仕事である。家族もいるのだ。
条件が良い球団に行くのは当たり前ではないか。それだけ丸はカープに貢献してきている。
もうカープのユニフォームを着る丸を見れないは寂しいが、ジャイアンツでも活躍しカープの三番バッターの凄さを見せつけてやって欲しい。