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黄色い看板が目印です

スーパー玉出 創業者逮捕の衝撃 ・文 沖田臥竜

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黄色い看板が目印です

初めて玉出の看板を目にした人は、必ずこう思うはずである。パチンコ屋やな、と。
だが実際はスーパーなのである。玉など一切出てこない。

創業者は前田託次さん74歳。現在、獄の身である。
一号店は大阪市西成区玉出中で開業。そう屋号の由来はそもそもここから来ており、パチンコ屋と勝手に連想していたのは庶民の誤解だったのだ。

逮捕後、「スーパー玉出の創業者で名物社長としても知られ、TVなどにも出演していたー」なんて言われながらも、今も各局のニュース番組に出てしまっているこの託次さん。
確かにまだTVがブラウン管の時代。託次さんはよくTVに出ていた。
そして託次さんはブラウン管の向こう側で、こう公言していたのである。

「スーパー玉出はね大阪から出ない!大阪だけ!大阪にしか出さない!」

セリフは多少異なるであろうが、ニュアンスとしてはだいたいこんなものだ。
その後、託次さんは大阪府内にあれよあれよと玉出を開業させ続け、その数ざっと40店舗。その頃になると派手なネオンの黄色い看板をみても、大阪で玉出をパチンコ屋と間違う府民はいなかった。

ただ託次さん。市外局番が兵庫県のクセに(06)から始まっていたので大阪と勘違いなさったのか、もしくは飛田新地同様に尼崎にも新地があるので親近感を抱いてしまったのか、ひょいと淀川を越えて尼崎まで玉出を連れてきてしまったのである。

託次さんが政治家ならば公約違反であるのだが、今のところ組織犯罪処罰法違反などで全く問題はない。
そうして尼崎へとやってきた玉出は、すぐに街並みにとけ込んで尼崎市民とうまくやっている。
めでたしめでたし、、、と言うわけにはいかないので、一応は関係者に取材をし、話しを聞いては来ている。

「玉出の社長の店舗って結構、知られてましたよ。て言うか、何店舗か他にもあるんじゃないかな〜」

なぬ!である。これが本当なら託次さん大丈夫なのであろうか。
おん年74歳。剛毅なじいさんである。