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平成元年夏

小説「忘れな草」第7話 沖田臥竜

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平成元年夏


「樹里ってゆうんとちゃうん。アタシも樹木の樹ってゆう字に愛って書いて、きあいって言うねん。セイヤア、ハッ!」

中学二年の夏。渡り廊下ですれ違いざまに、樹愛のほうからいきなり声をかけてきた。
突然のコトだったので、オレはひどくあがってしまい、上手く日本語を話せなかったのをよく覚えている。

「キアイーッ!」
女子達が大声をあげて、渡り廊下の向こうから樹愛に呼びかけてきたので、初コンタクトはそこで終わってしまったが...。

なぜ樹愛は突然オレに喋りかけてきたのだろうか。
数年後、彼女にこの質問をぶつける機会があり、「ただの気まぐれ」なる解答を丁重に頂いたので現在では知っているが、この時のオイラにはむろんのコト、わからない。

この時のコトがあってから、ただでさえ手につかなかった学業がますますおろそかになってしまった。思春期という奴だな(そうなのか?)

小学校も同じだった樹愛のコトを強烈に意識し始めたのは、中学に入学してからだった。
何もそれはオレだけではない。
彼女自身が意識するかどうかは別として多くの同級生。男子女子が樹愛のコトを意識していた。
それほど樹愛の存在はとびぬけて妖しく、そして危なく輝いていた。

入学式の話しだ。つい一ヶ月前までは、あどけなさをたっぷり残す小学生だったはずなのに、その短期間の春休みで樹愛に何があったのか。


ソバージュをかけられたロングの髪の毛はフランス人形かの如くキンパツにそめぬかれ、うたの歌詞ではないけれど、「長いスカートを引きずって」樹愛はやってきた。
ピカピカの一年生が集う入学式で、そんないきなり「卒業式」のような格好をしてきたのは、男子でも女子でも樹愛一人だけだった。
オレと樹愛が入学した中学校はもちろん、お坊ちゃまお嬢様学校ではなかったけれど、スクールウォーズのような音にきこえたワルの吹き溜まりという訳でもなかった。
二、三年の先輩達には、そのコトを強調する、そのレベルに見合った不良達がちゃんと生息していて、突然変異的にやってきた樹愛はすぐに目につき、先輩達にかこまれるコトになってしまったのだ。
それを助けたのが、何を隠そうこのワシだ...
「うそつけっ」と言う樹愛の声が聞こえてきそうだが、もちろんその通り、ぶっちぎりのうそだ。

オカンの隙を見つけては、財布の中から猫ばばするのがせえぜえだったこの当時の「ぼく」に、そんな少年誌にでてきそうなマンガの主人公の如し、技をだせる訳がない。
ただ、同級生達が「私事」のように、語り合うウワサ話をかき集め「すげぇ、すげえっ、おっかねぇ」と、一人で興奮していただけだった。
まだこの時、樹愛の人生にオレは登場していない。オレの人生には、主役?のオレをさしのける程の勢いで出演し続ける彼女だったが、オレのほうは樹愛の人生の端っこにすら登場していなかった。

入学式の樹愛は、確かに群集の目を引くに足るインパクトを醸し出していたけれど、翌日の彼女はそれをもしのいでくれた。

先輩達にかこまれた時に出来た口元の傷には、バンソーコが貼られ、手にはあまりにも似合い過ぎている鉄パイプが握られていた。
樹愛はその鉄パイプを握りしめ、迷うコトなく三年生の教室に向かうと、彼女をかこんだリーダー格の女子をめった打ちに、シバきあげてしまったのだ。
そんなマンガの世界のような出来事が、まだ中学一年生の「ぼく」の目の前で現実に起こってしまったという事実。
ヤクザになって、人様にもたいがい迷惑をかけてしまった今の「ワシ」でさえ、当時の出来事を思い出すと、戦慄を走らせてしまう。
もう一度言おう。彼女はついこの間まで、小学生だったのだぞ。おらんだろう。
そんな中学一年生。しかも男子ではない。女子がだ。

めった打ちにシバきあげられた女子生徒は、二週間の病院送りとなり、それだけの問題を起こした樹愛も、その日から一ヶ月オレ達の前に姿を見せなかった。
オレはその一ヶ月、樹愛の姿を見たくて、コソっと彼女のクラスを除きにいったり、朝早く登校した日には、三階の自分の教室の窓から樹愛がやって来ないか、と登校してくる生徒達の中に彼女の姿を探し求めたりしていた。

ヨソの学校へと転校しただの、カンべツ所に送致されただの、女子少年院で歌壇を造らされているだの、はてはヤクザになっただの、と様々なウワサが流れる中で一ヶ月が過ぎた。
そして彼女は、ゴールデンウィークが明けた五月始めに再びその姿をオレ達の前にあらわした。

一ヶ月ぶりに登校してきた樹愛は流石に「代紋」こそ持っていなかったが、一ヶ月前よりも更にヴージョンアップされ、「アウトロー」になっていた。