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「忘れな草」第5話

小説「忘れな草」第5話 沖田臥竜

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「忘れな草」第5話


もしオレが、もっと違う生き方を出来ていれば、樹愛は今もオレの隣にいたのだろうか。そうすれば、ゆまとも、三人のチビとも出会うコトがなかったことになる。
欲張りなオレはどちらも失いたくない、なんてコトを考えていた。

「しかし、ほんま樹愛は変わってへんな。昔のまんまやんけぇ」

「え〜っ、そんなコトないよぉっ。目尻にシワだってできたしさぁ。でもじっちゃんは変わったな。おっちゃんになってもうた。」

そういいながらオレの顔を見て、樹愛はクスクスッと笑った。
オレも彼女もありのままを口にしたのだろう。

ーおっちゃんになってもうたーそりゃそうだ。彼女と別れたのはハタチの時だ。
思い出すのもいやになるくらい、オレは彼女を傷つけた。

そしてオレも同じくらい傷ついた。
彼女と別れて15年。オレはその間、ほとんどの歳月を懲役に捧げた。
樹愛はどんな時間を重ねて今があるのだろうか。


「なんかや、このまま別れんのもあれやから、ちょっとだけそのへんぶらっとでもせんかぁ?」

焼けぼっくいに火がついたわけでも、未練とかいうやつでもない。
たしかに樹愛と別れてから、オレの時は何年も止まったままだった。何年も彼女のコトを引きずって生きていた。

だけどゆまと出会ったコトで、樹愛と笑い合った時間も、ささいなコトでケンカした夜のコトも、初めて渡したプレゼントのネックレスもすべてが思い出に変わっていった。

思い出は思い出として大切にしまってあるけれど、あの頃に戻って無邪気に笑い合うコトは、もうできやしない。
ただこのまま別れるのがなんとなく惜しくて、もう少しだけ樹愛と話しがしたかった。
ただそれだけだった。

「じっちゃん、優しい彼女は見つかったん?」

あの時と同じ質問だった。

ーじゃあ、今度はアタシから質問な。塚口樹里くんは彼女ができましたかぁ?ー

オレも知りたいところだ。何もオレに優しい彼女が見つかったかどうかではない。
樹愛のコトをだ。塀の中で聞いたウワサ話では、この街の大物組長の御曹司と一緒になった、と耳にしていた。
けれどそれ以上のコトは何も知らなかったし、中では知りたくもなかった。その時はもうこれ以上、傷つくのが嫌だったのだ。

今ならきけた。ききたかった。
だけどきく必要はなさそうだった。
助手席に座る樹愛はもの凄く幸せそうな顔をしている。

オレなんかよりきっとよい男なんだろう。
こんな日がくるなんて思いもしなかったけれど、時間が風化させたのか、それとも自分勝手だったオレにも、思いやりなんてものが芽生えたのか。

樹愛の幸せそうな顔が素直に嬉しかった。

「若い衆三人連れとってな、その三人がみんなやんちゃでや。ごんたばっかしよんねんけど、今はそのチビらが何より大事やねん。女と一緒にどんな大人になって行くか、見守って行けたらなって思ってんねん。
女はオレにめっちゃキツイからな、樹愛のいう優しい彼女は見つけれんかったけれど、幸せにしてやりたいって思えるような女を見つけるコトはできたで」

言ってる内になんだかコッパずかしくなってきてしまい、オレは茶化すように笑い飛ばした。

「よかったぁ。だからアトピーもひどないんや。だって、じっちゃんはいらいらしたら、体かきむしるクセあるもんな。血が出とっても、かいてかいてかきむしるやん。腕もきれかったし、首もマユゲもかきむしった後ないから、いらいらしてへんねんなって思っとってん。
キツイ彼女と三人の若い衆のおかげやな」

そういえば、樹愛と別れる前はいつだってイライラしていた。
若気なんて言葉でおさめきれない罪を数多く犯してしまった。
自分に流れる狂暴な血を持て余して仕方なかった。
合計13年にもわたる刑務所暮らしで、矯正されてしまったのか、年と共にカドが丸まったのか。それは自分でもわからないが、言われてみればいつの頃からか、いらいらするコトが少なくなった。
同時に体をかきむしるコトもなくなっていった。
樹愛の言う通り、ゆまとチビ達のおかげかもしれない。

「そんなかいとったかなぁっ」
「かいとった、かいとった。ちょっとでも気に入らんコトがあったら、マユゲが全部なくなるくらい、爪でギィーッて、かいてたやんかぁ」

爪でギィーッとやる樹愛の仕草が子供みたいで可愛くて、どう見ても、オレと同じ三十代のおばちゃんにはみえない。
樹愛と逢うコトなんてもう二度とないと思っていた。いつからか、逢うコトすら恐くなっていた。

散々な言葉を口にした。散々なコトを繰り返した。
散々な別れ方を演じてしまった。
樹愛に嫌われてるとかいうよりも、憎まれていると思っていた。
現にそうだったと思う。まさかこんな風に偶然再会し、同じ空間で笑い合うなんて、この世どころかあの世ですら、ないと思っていた。

これも時間が風化させ、過去の傷跡を優しく包み込んでくれたせいかもしれない。

「あっー!この曲やんっ。ほらっ、昔二人でよう聴いたやんかっ。ちょっと、あんたぼ〜っとしてるけど、覚えてんのっ?アタシがいっちゃんに教えてあげた歌やでぇ」
あんた、ときやがった。しかもぼ〜っとしてるけどーまで言われてしまった。

会話の合間に割り込んできたスローバラード。
ラジオから流れでてきたメロディは、またあの曲だった。

15年ぶりの再会。タイミングを見計らったように流れる、二人の思い出の曲。

偶然にしては出来すぎてやしないか。
なんだかそう。ドラマみたいだ。