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ムショボケ

小説「忘れな草」第3話 沖田臥竜

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前刑の経験からいって、この時期が何をするのも1番たるい。一言でいえば「ムショボケ」。

それはそうだろう。遠い異国の街で何年もの間、捕虜となり24時間、見事に見張り続けられた生活から心機一転、自由の街ニューヨークに放り出されてもうまくやっていけんだろう。馴染むまで時間もかかろう。

したり顔で刑務所は社会の縮図などとよくいわれるが、そんなのはまったくのウソでデタラメだ。
オレに言わせてみれば、よくも悪くも中は中。外は外。まったくの別世界。

塀の中で描いていた未来の青写真と現実とのギャップに折り合いをつけながら、オレは毎日生きていた。いや生きのびていた。

「好きにせんかいっ!このアホンダラぁっ!」
と怒鳴るコトも作家様となり、世の人達を後悔させるコトもいまだに出来ていなかったし、この先も出来そうになかったけれど、懲役を待ってくれていた(と、果たして言えるのだろうか)奴。
ゆまには見放されるコトもなく、三人のチビ達も「じゅり!じゅり!」とオレの名前を呼びながら、ママと一緒にオレのリハビリ生活?に付き合ってくれていた。

中で夢にまで見た暮らしが今、目の前にあった。
祈り続けていた未来のカケラがそこにあった。

今度この暮らしを見失えば、世の人を、後悔させる前にオレが1番後悔するであろう。

そんなコトはわかっていた。わかっているのになぜか心が満たされない。ヤクザのオレが「うつ」等と言ってしまって良いのかわからないけど、そういう症状にムショボケってヤツはよく似ている。
後二、三ヶ月もすれば、社会の水にも慣れ、次第に世の中と融合していけるだろう。
それまでの辛抱だった。

「あいくんっ、樹里とコンビニいこか?」

タバコが切れたオレは、午後10時をすぎても、
眠りにつくどころか、ますます元気になってママにマシンガントークを連打する一番下のチビに声をかけた。

出会った頃はまだ保育園児だった彼も、このたびの懲役から戻ると小学四年生に成長していた。

「だめっ。もう寝る時間でしょ。こんな時間に出歩いたら、塚口みたいにヤクザになるからダメですっ」
塚口とは他ではないワシのコトだ...。

あいコトあいのすけに声をかけたつもりだったけれど、ゆまにぴしゃりとはねつけられてしまったオレはシブジブ一人でコンビニへと出かけるコトにした。

「まってぇー!!じゅりぃ!!まってまってまってぇっ!!」

玄関から出ようとしたオレの背中に、ちょっと大きくなったけれど、まだまだ幼さを宿したあいのすけの声が慌ただしく追いかけてきたので、ママのお許しがでたものかと振り返った。

「ママがタマゴ買ってきてちょうだいやって。それとキャバクラなんか寄らんと真っ直ぐ帰ってきなさいよ、やって」
振り返るんじゃなかった...。


気分というヤツだ。歩いて2分とかからない目の前にあるコンビニに行かず、車で10分以上かかる国道沿いのコンビニまで出かけるコトにした。

黒塗りのセルシオの車内に昔よく聴いていた曲が、ラジオから流れていた。
それは思い出がぎっしり詰め込まれた曲だった。

虫の知らせ。後からつければ、この時のこの曲がそうなるのかもしれない。
心地よい、かるい感傷に浸りながらオレはアクセルを踏んでいた。

「タマゴ...タマゴ...タマゴ...」

口に出してコンビニの中をさ迷うオレは、やはりムショボケなのだろうか。

無事?タマゴのパックを発見したオレは、迷わずパックに手を伸ばした。
一瞬、本当にドラマかと思った。よくある。現実には起こりえないけれど、小説やドラマの中ではよくあるシーン(あれはたしかリンゴだったか)

同じパックを同時に掴んだオレは、反射的に手を離した。

「あッどうぞっ!」

オレはこうみえて案外、人がよかったりする。(うそつけっ!)
うそではない。本人以外あまり知られていないが、本当に人がよかったりする。

オレはこんなにも相手の顔をみて、マヌケなくらい驚いているというのに、相手の顔色には微塵の驚きも浮かんでいなかったように思う。

「あっ、じっちゃんやんっ」

あの頃とまったく同じ声だった。オレのよく知ってる声だった。

ーじっちゃんー彼女はオレのコトをこう呼んでいた。

「樹里ってゆうんとちゃうん。アタシも樹木の樹ってゆう字に愛ってかいて、きあいってゆうねん。セイヤァ、ハッ!」

初めて樹愛と言葉をかわした時、彼女はそう言いながら腰にコブシをもっていくと正拳突きのポーズをとり、セイヤァ、ハッ!ーと気合い?をいれた。

察するにだ。「樹愛」と「気合い?」をかけたのではないかと思われる。

ずっと好きだった。初めて言葉をかわしたこの時。中学二年の夏より、ずっとずっと前からオレは樹愛のことが好きだった。