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「忘れな草」第10話

小説「忘れな草」第10話 沖田臥竜

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言っておくが、一人エッチのほうではない。そんな趣味はオレにはない...。なくはないかもしれないが、それはずっと後年の話しで、流石に中学二年生のオレはまだ健全だった。一人エッチではなく、シンナーを吸ってラリっているところを樹愛に見て欲しかったのだ。

どの辺りが健全かは、当人以外意見は異なると思われるが、この年頃の女の子達は、不良っぽい男の子に憧れるものである。
オレの青春だった某アイドルもブラウン管の向こう側で、こんなコトをおっしゃっておった。

「ガムをくちゃくちゃ噛んでいて、シンナーくさい男の子が好きでした♡見逃してくれよっ!」
と彼女が言うのだから、間違いない。

オレは危ない目つきをしながら、シンナーの入った缶をくわえてる姿を樹愛に見せつけたくて仕方なかった(現在はヨダレを垂らしてラリっているところよりも、断然一人エッチを見ていただきたいところだが、追憶の回想にそんなコトは関係ないので、先へと進む)。

チャンスはすぐにやってきた。
至極、不純な動機から手にしたシンナーだったが、すぐにどっぷりと浸かってしまったオレは、いつもトルエン片手にラリパッパになっていた。
こんなところを樹愛にみられたら、かっこよいよなっイッヒヒヒ、、、と溶け始めた脳みそで考えながら、家の近くのコンビニの裏の駐車場で、トルエンを仕込んだカンカンをくわえていた。

最初、目の前に立っている樹愛を見た時、幻覚かと思った。
ペタンと地面に座った姿勢から見上げる樹愛の表情は、お世辞にも「不良っぽい男子に憧れている女子の瞳」などではなく、どちらかと言えば「怒りで、鬼のような形相」だったといったほうが適切ではなかろうか。

「あがっ」

どこかの地方の地名でもなければ、人の名前でもない。
カンカンをくわえてる口元をカンカンごと蹴り上げられた時に漏れたうめき声だ。

「なにっしょうもないコトしてんねんっ!シンナーなんか吸ってかっこええ思てんのか!!」

思っていた。かなり思っていた。
けれど、胸ぐらを両手でしぼりあげられ、ズームアップされた樹愛の顔にむかって、そんなコトを言ってみせる度胸はオレにはなかった。

「ハンパばっかりやっとったらあかんぞっ!」
番長かと思った。番長と呼ぼうかと思った。
シブすぎやしないか。
グループの中には、必ずこういう正義感に溢れた硬派な不良がいるものだ。そして、こうやって不良仲間の間でさえ、落ちこぼれ、はぐれてしまいそうなヤツを、真っ赤な顔をして本気で怒るのだ。

「うっうるさいわっ!関係ないやんけっ!お前だって、3つ上の暴ヤンと付き合っとるやんケっ!」
それもまったく関係のない話しだ。

オレは絞り上げられている両手を払いのけて、勢いよく立ち上がった。
払いのけた樹愛の手が、指先がびっくりするほど華奢だったので、強く払いのけてしまったことを、ハッと後悔してしまった。

「じっちゃんのアホッ!」
蹴りあげられた口元をさすりながら、その場から立ち去ろうとするオレの薄っぺらな背中に、樹愛の声が張りついた。
蹴られた時にカンカンから、零れ出たトルエンのせいで口中はヒリヒリして仕方なかったけれど、トルエンとは違う甘酸っぱい香りがしたのは、まだラリッていたせいだろうか。

この年頃のよいところは、はしの転んだようなコトでもムキになってケンカになるけれど、すぐに仲直りだってできるところではなかろうか。
この日からしばらくの間は、共に「ムシの仕合い」を続けていたが、呆気ない程、簡単に和解の日はやってきた。

「何みてんねん」
オレも樹愛相手に、たくましくなったもんだ。
「あんたこそ、何みてんのよっ」
「お前がみてるからみてんのやろっ」
「お前ゆうなっ、おまえっ!」
「お前がオマエゆうなっ!」
「おまえじゃ! 」
「おまえじゃ!」
そう罵り合うオレの顔も、樹愛の顔も、いつしか笑い出していた。

「ひっくんとは、付き合ってへんからなっ」
くだんの三つ上の暴ヤンのコトだ。
「ベ、べつに関係ないしなっ、そんなもん」
もちろん内心、おおいに関係あるコトだったが、
オレは当然しらばっくれた。
「うそつけ。アタシに蹴り上げられた時、泣きそうな声出してゆうてたクセに。お前だって3つ上の暴ヤンと付き合っとるやんケッ!て」
物真似いりの樹愛の言葉に、真っ赤になっているのが、自分でもわかった。

授業開始を告げるチャイムが響き始め、二人の間を行きかう脇役(生徒)達が、それぞれの教室へと吸い込まれていく。