>  > 義賊か、それとも悪党か。 "しばき隊"とは何だったのか? シリーズ"しばき隊の真実" 第十一回(上)
第十一回 ノイエホイエこと菅野完という人物(上)

義賊か、それとも悪党か。 "しばき隊"とは何だったのか? シリーズ"しばき隊の真実" 第十一回(上)

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第十一回 ノイエホイエこと菅野完という人物(上)

 ヘイトスピーチ(差別扇動表現)を撒き散らすデモが起きれば、ありとあらゆる手段を使って食い止めようとした『しばき隊』。しばき隊は、その名の通りレイシスト(差別主義者)と闘い「しばく」だけが目的の集団だった。なので、私みたいな右翼や、野間易通のような左翼など思想を問わない多種多様な人材がしばき隊にはいた。
 トップダウン式の組織ではなく、横の繋がりであったしばき隊には明確なリーダーはいなかったが、群れを成せば目立つ者や影響力の大きい人間が出てくる。初期のしばき隊で中心的人物であった1人といえば、noiehoie(ノイエホイエ)こと菅野完だろう。
 今回は、しばき隊から安倍政権を揺るがす森友学園騒動のキーマンとなった菅野完について書きたいと思う。

 ※編集部注......しばき隊とは、差別主義者にカウンターと呼ばれる抗議行動をする『レイシストをしばき隊(2013年解散)』、『男組』、『C.R.A.C.(クラック)』、『OoA(オーオーエイ)』、『憂国我道会』などのいくつかのグループ、そしてどこの集団にも属さないでいる人々の総称である。

 菅野完はしばき隊として活躍後、安倍政権を支える草の根保守の蠢動を記した『日本会議の研究』でベストセラー作家に転じ、森友学園騒動では一躍、時の人としてメディアから引っ張りだことなった人物だ。だが、菅野完自身のバッシングも溢れていき、スーツの似合う紳士な容姿からは想像できない、過去の金銭トラブル、女性への暴行事件等が表沙汰となり、問題だらけのどうしようもない男だと叩かれていった。一体、この菅野完という胡散臭い男は何なんだと感じている読者も多いはずだ。
 私の記憶では、菅野完と出逢ったのは2011年だった。元々、私が所属していた新右翼団体『統一戦線義勇軍』のトップ、針谷大輔議長が主催をする『右から考える脱原発デモ』の際に知り合ったと思う。過去に菅野完はどこかの右翼団体に入っていたようだが脱退し、フリーの保守、右翼として活動していると聞いた。そして、菅野完は不治の癌を患っているらしく、余命が僅からしいというのも教えて貰った。
 それからはデモやイベントなどで度々会うようになり、仲良くなっていった。私が真冬に単身、東京電力の会長宅前で脱原発の断食断水ハンストを決行した時には、ありがたいことに布団を担いで持ってきて差し入れてくれた。
 当時、菅野完はnoiehoie(ノイエホイエ)として、SNSのTwitter(ツイッター)で話題の人物であった。菅野完はサラリーマンでありながら自らを保守、右翼と称し、ツイッターで、反原発、反貧困、反差別の書き込みをして多くの人々から支持を得ていた。私もその思想にはとても共感をし、リスペクトしていたのは事実だ。私は菅野完に、
「これからはノイホイさんみたいなツイッター右翼の時代ですね」
 と話し、敬意を払っていた。
 その後、私は統一戦線義勇軍を離脱し、右翼と左翼の両翼が混在する民族派団体『我道会』を立ち上げ、独自の活動をしていくこととなる。私は統一戦線義勇軍にいた時には表立ってできずにいた、人種差別団体『在特会(在日特権を許さない市民の会)』に抗議を仕掛ける決意をする。東京都新宿区の新大久保コリアンタウンでヘイトスピーチを撒き散らすデモをおこない、「お散歩」と称して細路地にある商店街への嫌がらせ行為をおこなう在特会。
 私は我道会としてだが、野間易通等と共に『レイシストをしばき隊』としても在特会に対峙をし闘うようになる。そのレイシストをしばき隊の中に、菅野完もいた。私と菅野完はレイシストをしばき隊の内部で、右翼チームとして一緒に行動していく。やがて、私は右翼思想を持つ高橋直輝と『男組』を結成するのだが、カウンター以上に連日連夜の飲み会を開きまくるようになる。私や高橋直輝と同じく、強い右翼志向を抱いている菅野完も一緒に酒を飲む機会が増え、意気投合し固い結束が生まれる。似非愛国者の在特会を徹底的に追い詰めていく決意をしたのだ。
 それから菅野完は、在特会の差別デモに対し最前線に立って抗議を展開した。さらにはヘイトスピーチが飛び交う現場で闘う以外でも、菅野完は喋って良し、書いて良しの人間であった。イベントに登壇したり、著書を出すなど活躍する。ついには2013年9月8日の差別デモを最後に、新大久保コリアンタウンで在特会のデモを開催させなくするまでやり遂げたのだ。その過程で大きな力を発揮した1人が、菅野完なのは間違いない。
 そして菅野完の何よりの功績が、在特会のデモを止めた後の2013年9月22日に開催された「東京大行進」だろう。東京大行進は約3000人の参加者を集めて、多くのメディアにも取り上げられた。菅野完は東京大行進においてスタッフの中心人物として関わり、優れた能力を発揮し成功させたのだ。東京大行進後に、菅野完と私は酒を酌み交わしたが、感動に身体を震わせながら涙を流していた。私はその涙を見て、菅野完の差別に抗う気持ちは本物だと感じ疑うべくもなかった。
 しかし、その涙の裏側で、菅野完は大きな問題を起こしていたのだ。私の何ら知らないところで、菅野完は悪行を働いていたのだ。

山口祐二郎
1985年、群馬県生まれ。「全日本憂国者連合会議」議長、「憂国我道会」会長。作家・活動家として活躍。
山口祐二郎公式ツイッター  https://twitter.com/yamaguchiyujiro