>  > 義賊か、それとも悪党か。 "しばき隊"とは何だったのか? シリーズ"しばき隊の真実"
桜井誠を捕まえた男 清義明氏インタビュー (上)

義賊か、それとも悪党か。 "しばき隊"とは何だったのか? シリーズ"しばき隊の真実"

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桜井誠を捕まえた男 清義明氏インタビュー (上)

 2013年2月の登場から3年程で、ヘイトスピーチ(差別扇動表現)を違法とするヘイトスピーチ解消法の施行まで実現させた『しばき隊』。ヘイトスピーチを撒き散らす『在日特権を許さない市民の会(在特会)』に立ち向かい、そこまでの成果を出したしばき隊の中には、個性的で強烈なキャラクターの猛者たちが数多くいた。今回はしばき隊の中心人物である清義明氏(1967年生まれ。神奈川県在住)にインタビューをお願いした。指定された場所で1時間半程待たされた後、当初約束した店とは異なる多くの外国人たちがはしゃぐバーに呼び出された。差別を止める正義の味方のはずが、インターネット上で悪名が増幅していったしばき隊。その実像とは......。

※注......しばき隊とは、在特会などの人種差別団体に対し、カウンターと呼ばれる抗議行動をする『レイシストをしばき隊(2013年9月解散)』、『男組』、『C.R.A.C.(クラック)』、『OoA(オーオーエイ)』、『憂国我道会』などのいくつかのグループ、そしてどこの集団にも属さないでいる人々の総称である。

──(山口)本日はお忙しい中、インタビューを受けて頂き、ありがとうございます。

清 よろしく。ウイスキーコーク2つ。

──まず、清さんがカウンターを始めたきっかけを教えてください。

清 Twitter(ツイッター)をしていたら在特会が酷いって書き込みがあったんだ。それでYouTube(ユーチューブ)で動画を観たら確かにとんでもなく酷かった。そのツイートをしていたのが「ノイホイ」さんだ。

──ノイホイさんとは、「日本会議の研究 (扶桑社)」でベストセラー作家になった菅野完さんの通称ですね。私にとっては昔からの右翼の先輩でもあります。レイシストをしばき隊でも共に活動していました。現在、ある件から疎遠になってしまい残念でなりません。

清 それで新大久保で差別デモをしているのとかも知り、何かしなきゃいけないと思った。そんな中でレイシストをしばき隊などがカウンターをしているのを見て、プラカードがA4サイズぐらいで小さいから、でかいダンマクを出した方が良いと感じた。サッカーサポーターだからね、そういうことは考えつくんだ。でも口だけちょっかい出すのとかは好かないから、自分でやろうとした。で、ダンマクを出すメンバーを募集したんだ。そうしたら野間さん(野間易通氏 1966年生まれ)が興味をもったらしく、一緒にやりましょうと連絡が来て、レイシストをしばき隊と関わり合うようになっていった。だから俺は正確に言うと、レイシストをしばき隊界隈にいたけれど、単に協力者だっただけで、正確にはレイシストをしばき隊のメンバーではなかった。メーリングリストとかで情報は共有していたけれど。そのころのレイシストをしばき隊はそんなに厳密なメンバーシップがあったわけではないんだ。リーダーの野間さんがこいつは仲間だと言ったらしばき隊だというくらいの話で。

──あれ、そうだったんですね。私もメーリングリストにいましたが、清さんのことをレイシストをしばき隊のメンバーだと思っていました。ここでお聞きしたいのですが、清さんがカウンターをしたのは、やはり「サッカーと愛国(イースト・プレス)」などの著書もあるぐらいサッカーの中でレイシズムを見てきたからでしょうか?

清 2002年の日韓ワールドカップがあって、日本国内で嫌韓意識が強くなっていった。ライバル心からレイシズムに陥る人はいる。そこら辺の危機感はあったね。あそこから新大久保コリアンタウンでの差別デモに繋がっていったと思う。ただ、みんなが思っている以上に日本のサッカースタジアムはレイシズムに厳しいし、むしろコスモポリタニズム。それは「サッカーと愛国」にも書いたとおり。何かが起こると目立つから、何かそういう差別意識の強い場所だと思われるんだけれども。だから、路上の方を何とかしなきゃいけないと考えた。

──清さんは実名顔出しでカウンターをおこなっていますよね。サッカー関係の様々な活動をしていて、仕事の方でもWEB制作、イベントプロデュース、フリーライターとして多岐に渡り活躍されています。そういった社会的な立場がある方なのに、在特会のようなクソみたいな奴らを相手にするのに抵抗感はありませんでしたか?

清 俺の場合はカウンターをするのに全く躊躇は無かったね。だって、完全に正義はこちら側にある。名前も顔も隠そうなんて考えなかった。それに元々が俺はフーリガンみたいなもんだった。立場あるっていっても趣味が上手く仕事にも繋がっただけだよ。しばき隊には真面目な人もいたけれども、一部には俺や山口君のように決して褒められないようなことをしてきた連中もいた。ノイホイさんもそうだよね。でも、そういう人間たちだからこそ、カウンターで結果を出せたんだろうね。駄目な奴だからこそ、必死で何か良いことをしようとする。社会運動ってそういうもんだよ。

──私が駄目人間なのは否定しませんが、清さんはかつてJリーグのサポーターグループのリーダーとして、いくつもの武勇を残すフーリガンとして業界では知られていました。良いのかは分かりませんが、そういった経験があったからこそカウンターでバチバチできたのでしょうね。清さんといえば2013年6月16日の新大久保コリアンタウンで、しばき隊側4名、差別デモ隊側4名の大逮捕劇が起こった時に捕まった人物でもあります。当時、在特会会長の桜井誠(高田誠)に唾を吐きかけられ暴行を受けた際に、逃がさないためにメガネを奪取して相打ちの逮捕となりました。すぐに釈放されましたが通常の人間であれば、逮捕沙汰というのはとても大変だったと思います。そこでお聞きしたいのですが、清さんはカウンターをする以前には政治活動のようことはしていなかったのでしょうか?

清 していないね。俺たちは政治活動に強い警戒心を抱いてきた、80年代に青春を送ってきた世代なんだ。そのへんは外山さん(外山恒一氏 1970年生まれの政治活動家)が80年代からの学生運動の崩壊とその後を書いているのが参考になる。あの人はずっとノンセクト(無党派)の政治活動をしてきた。

──東京都知事選での個性的な政見放送で一躍有名になった外山さんですね。

清 そうそう。俺、外山さん、野間さんは80年代に青春期を送っている同世代なんだ。うちらの世代は、多くの死者まで出した凄惨なる全共闘世代の学生運動の歴史から、政治活動についてはとても警戒してきた。そこから転じた政治はクソダサイというイメージもあった。PTAとか、学校の先生がやるものだと思っていた。それに世の中は楽しいバブルの時代だったし。外山さんはそこから別の路線を歩んだけど、俺らの世代は青春時代にそれぞれ仕事にしろ趣味にしろ色々なことをやってきたけれど、政治には関わらないのが普通。けれど、野間さんは元『ミュージック・マガジン』副編集長らしいけど、野間さんなら音楽、俺だったらサッカーで、距離を置きつつも政治について学んでいた。反体制とか、ネオナチに抗うみたいのを趣味の中、つまり音楽やサッカーの中で知ってきたんだよね。その世代が、00年(2000年)の頃から、イラク反戦デモとかで自分たちの方法論でストリートに出てきた。従来の政治活動とは距離をおきながらね。そんな人たちがやりだした「サウンドデモ」とか当時は画期的だったんだ。

──そういった流れがあるんですね。私は2007年から右翼団体に入会し政治活動に関わるようになったので、そうした経緯については不勉強でした。

清 旧来の左翼のスタイルもありつつ、色々な人たちが関わっていて新しい政治活動のやり方を考えていた。俺らの世代は、80、90年代は政治にタッチはしていないけれど、00年からは生活にも余裕が出てきて違うこともやれるようになったし、インターネットもその頃から出てきて目の前に政治が転がっていた。世の中が酷いことになっている。既存のダサイ政治活動ではなく、カッコ良くやろうと考えた。ヨーロッパやアメリカのようなオルタネイティブな政治活動ができると思ったんだ。

──いわゆる新左翼セクトの運動とは違う、政治活動の流れが生まれたということですね。

清 反原連とかもそうだね。新左翼セクトの運動は、最終的には革命が目的だった。いわば革命ロマンチシズムだね。3.11以降の運動はそんなこと誰も考えていない。革命とかそんなものは一切関係無し。例えるなら、近所のドブ川が雨になるとあふれて汚いからみんなでなんとかしようってだけ。そういう政治活動なんだ。2011年の3・11に起きた東日本大震災で原発がぶっ壊れた。何とかしなきゃいけないと立ち上がる新たしい運動をする人たちが出てきたんだ。『SEALDs(シールズ)』とかもそうだね。旧来の運動と別。新しい人たちは革命には興味無い。でもそれって『一水会』創設者の鈴木邦男さんのような右翼も左翼も組んじゃうようなサブカルノリなんだよね。サブカルノリは目的を果たせば良いから、右翼とか左翼とか関係ない。それが00年から出てきたインターネットを駆使する新しい社会運動とマッチしたんだ。でも、結果的にしばき隊とかSEALDsも、まわりからはひとつのセクトとしてみなされてしまったのは残念だったな。

──と、言いますと?

清 SEALDsは、国会前で中核派を排除したり新左翼とそのシンパを敵に回し過ぎたね。新左翼シンパを敵に回すと、どれだけ面倒臭いかを甘く見ていたんだと思う。別に、その覚悟があれば全然良いだろうけど。メディアにも新左翼シンパは多いからね。ああバッシングされるようになるのは分かっていた。野間さんとか、かつての反原連周辺が『あざらし』とかいう別集団で新左翼セクトを排除する役目で上手く動いていたつもりだろうけど、完全に周りからはSEALDs防衛隊に見られちゃう。そこをコントロールして、あざらしを切り捨てられなかったのが奥田君(奥田愛基 SEALDs創設メンバー)のミスだね。社会の中で隠然とした力をもつ新左翼シンパからは、いうなれば心情論理的に革命の敵だと思われてしまった。

山口祐二郎
1985年、群馬県生まれ。「全日本憂国者連合会議」議長、「憂国我道会」会長。作家・活動家として活躍。
山口祐二郎公式ツイッター  https://twitter.com/yamaguchiyujiro