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殿様バッタとアマガエル

本日発売「尼崎の一番星たち〜」文政プレイバック⑤

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本日発売「尼崎の一番星たち〜」文政プレイバック⑤

〜殿様バッタとアマガエル〜

 
裏街道の猛者がひしめく生野において、「文政」は文字通り治外法権である。
誰からの支配も命令も決して受けない。好きか嫌いかのみが重要で、それ以外の付き合いを嫌う。
実にわかりやすい。


 生野区では「文政」の名前はブランドとなっており、中学生の不良から70過ぎのじいさんに至るまで知れ渡っている。
もちろん、それは彼の存在が大きいのだが、同時に彼が抱えるファミリーに集う男達の存在も無視できない。


 兄の「弘吉さん」のほか、ファミリーの中で彼が兄弟と呼んでいる男が3人存在する。
 
1人は、185センチ100キロ級の喧嘩ファイターK。
 Kの喧嘩ファイトを見た人間がすべて口を揃えて「無敵......」と漏らすほどで、彼の体躯を前にしては、イケイケのヤクザ者ですら後ずさる。
 
そしてKとドリームマッチが叶えば、「どちらが上であろうか」と常に話題に上がる、190センチ120キロ級の男、「バッテツ」。
 常に筋トレに励み、一日中サウナに入って、軟骨をバリバリ食いながらスクワットをしているという都市伝説の主である。
 
さらにもう1人、その凶暴性ゆえに殺人を犯し、現在、某刑務所に服役中の狂犬N。
 Nは小中学校から一緒だった「文政」のいうこと以外、誰の言うこともきかない。ブチ切れれば、ファミリーの者にですら容赦なく牙を向ける。もし「文政」がいなければ、その狂犬の名は恐怖とともに大阪の裏社会にもっと深く刻まれていたことであろう。現在の殺人も「文政」が服役中の出来事だった。


「文政」と構えるという事は、すなわちこの3人をふくめた「文政ファミリー」を敵に回すことになるのだが、当の本人だけがそれをまったく意識していない。


「文政」は、欲しい物は何をどうしても手に入れる。だが、ファミリーの者を使ったり、誰かの名前を使ったりして相撲をとるようなこと(=話や物事をスムーズに進めること)はしない。
欲しければ「くれ」。嫌がれば「貸せ」のみである。
 
それを、取られたと騒ぎたてた都会の不良がいた。
 
名は「バッタ」。恵まれた環境でグレーなビジネスにいち早く参入し、巨額の富と名声を一気に手に入れていた男である。


「バッタ」には、兄貴分の「殿様バッタ」がおり、なにかというと「バッタ」は「殿様バッタ」の威光をかさにきて大きな顔をしていた。
 
案の定、今回も「バッタ」は、「文政」をやっつけてもらおうと「殿様バッタ」にチンコロした。


「殿様バッタ」も、殿様と呼ばれるだけあって、その名は知れ渡っており、必然「文政」の事も知っていた。


「殿様バッタ」の武器は、抜群の人当たりと、人をけむに巻く話術である。
「文政」と対峙するには多少心許ない気がするが、いざとなればありあまる金を武器にコワモテの組長クラスでも雇えばいい、と軽く考えていたのかもしれない。


「殿様バッタ」が得意の話術で「文政」へと電話をかけ、会う約束を取り付けた。場所は当然、西成のバクチ場。「殿様バッタ」は「バッタ」を連れ、西成のバクチ場へ向かった。
 


その日は朝から雨が降っていたらしい。
2人のバッタには、忘れられない雨となった。
 
バクチ場へとたどり着いた2人だったが、1時間たっても、2時間過ぎても、肝心の「文政」がバクチ場から出てこない。
 
待つ事3時間半。ようやく「文政」が2人の前に姿を見せた。バクチで負けているのだろう、すこぶる不機嫌である。
もしかしたら、八つ当たりしに出てきたかもしれない。
「文政」は「バッタ」がさす傘を乱暴にかっさらいながら、待たせたことを詫びることもなく、「殿様バッタ」に用件を尋ねた。


「マサくん。電話でもゆうたけど、コイツがしとっー」
「くれたんちゃうんかいっ!」
 自分で尋ねたくせに、「殿様バッタ」の話をさえぎり、「バッタ」をギロリとにらみつける。


「ちょっと、聞いー」
「じぁかましいわいっ! 今ワシがバッタにきいとんじゃい! ケガしたなかったら、しゃしゃんなハナクソ!」
 もはやバッタというよりもカエル。ヘビに睨まれたカエルである。


「よいバッタ、三べんワシに同じ事聞かすなよ。二回目やど。くれたんちがうのかいっ!」
「差し上げました......」
 ええええーっっっ!!!であろう。「殿様バッタ」からすれば、ええええーっっっ!!!であろう。


「ま、ええ。誰にも間違いはある。気にせんで構わへん。ところで、お前らナンボか銭回してくれへんかっ」
 あまりにも自然に金をたかってくる「文政」に、2人は財布を忘れたことを訴えた。


「どないしてんっ」
 
そう言いながら1人の巨漢がバクチ場から現れた。185センチ100キロ級。喧嘩ファイターKの登場である。Kは「殿様バッタ」の傘をふんだくり、自分が雨に濡れないように傘をさした。


「おいっ、あのベンツ誰のや」
2人が乗ってきた、1000万クラスのベンツをKが指差す。


「お父さんのですっ!」
「殿様バッタ」が敬語で答えた。
「ほ~んっ。ワシのアボジにも乗したりたいの~。変えろっ」
 自分が乗っているシーマと交換しろ、とKは言っているのである。


「無理ですっ、無理ですっ、お父さん警察に言いますっ!」
 首を左右にぶるんぶるん振りながら、必死になって、「殿様バッタ」は拒絶した。


「かまへん、かまへん、ポリでもなんでも言わしたらいかいっ。変えろっ」
「殿様バッタ」の得意の話術がまったくもって通用しない。
欲しいものは奪いとるという思考はどうも「文政」だけが装備しているものではないらしい。


「もうやめたれやっ兄弟っ。可哀想やんけっ。おいっ、お前らもう帰ってええどっ」
当事者の「文政」がいつの間にか、頼もしいお兄さんに見えたであろう。2人のバッタとカエルは、「文政」にひどく感謝しながら、そそくさとその場から立ち去っていった。


「なんやねん、兄弟だけこすいのおっ。ワシも車ほしかったのにのっ」
 
いつの間にか、雨はあがっていたのだった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)。