>  > 歌舞伎町 〝阿弥陀如来〟藤井学が振り返る闇金群雄割拠時代 「目端の効く人間はみんな闇金に走っていた」
阿弥陀如来インタビュー

歌舞伎町 〝阿弥陀如来〟藤井学が振り返る闇金群雄割拠時代 「目端の効く人間はみんな闇金に走っていた」

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何億とか個人口座で金が回ってても何もうるさくなかった


──何か規制が入って出来なくなったんですか?

「そうですけど、規制が入ったとはいえ、自主規制です。弁護士が強くなって来てですかね」

──1日で最大の儲けはどの位だったのか?

「それは難しい質問ですね、1日で、金融だと、最大というよりも、ずっと出して取って、出して取ってで回しているだけなんで、銀行がやってる間はずっと回っているから、で、締めは月末にしている、というだけ。で、払うものは払っちゃって、というだけですよ。月曜と金曜は入金がある、あるというよりはあり過ぎて訳分からなくなる

──口座は都や金融庁に提出するんですか。

「いや、一切しないです闇金ですよ(笑)

 みんなその当時は個人口座を使っていたんですけど、何億とか口座で金が回ってても何もうるさくなかったし、当時はそれこそ携帯なんかタダだし。全部コピーして、保険証をコピーして、パソコンで打ち変えて、で、30本作って、その間に追い込みの電話を掛けて、電話は電話で店の電話を引いて、で、あくまでも債権回収業者だけどここに振り込めよ、って、キツい追い込みを掛けないとといけないときはそっちの電話を使って。色々な違う口座を作り上げて。「あいうえおさんの口座」みたいのを作って。西新宿行って、で、保険証を出して、やべえな、長えな、と思ったらダッシュで逃げて。そんなような状況ですよ、常に。そんな状態で口座を登録するわけないです」

──当時の金融機関は本当にゆるかったですね。

ゆるかったですね、本当に甘かった、それは銀行だけではないです、自分らが使う携帯電話も甘かった。買うっていうのも、保険証を出して、身分証を出して、はいわかりましたで携帯をもらって、それで2週間後にむこうからメールが来て、本人確認ができないから止まる、って。そんなの、また行かせればいいだけの話。それの繰り返しですよ」

──2週間で出来るだけ闇金に使う?

「そうです、止まるまでどんどん使い続けますね。さっきの話に戻りますけど。銀行口座だって、携帯電話だって適当にコピー作って偽名、有り得ない名前でもいくらでも作れた時代ですよ、芸能人の名前でも何でも。
 ちょっと向こうが探ってんな、とわかったらすぐにダッシュ。原チャリ、2ケツできるバイクとか用意しておいて。西口で、バーっと逃げて。あそこもう、2度と行けねえな、とか笑って言ってた余裕の時代でしたよ」

──甘かった銀行はどこでした?

「俺らは大手でも何でも関係なかった、そんな時代ですよ」

 昔は銀行口座を支店ごとに作ることができた、今も不可能ではないが、昔よりは断然作りにくい時代だ、自宅、勤務先近くの銀行で作らないと「何で作るのか」と言われることが多い。また、それを納得させる理由がないと難しい時代であるのだ。

 今回の連載の最後だが、毎年11月は関東では酉の市というお祭りが行なわれる。
 
 関東三大酉の市と言えば、浅草の鷲神社、府中の大國魂神社、そして本連載主役の藤井学氏の地場である新宿の花園神社が有名である。

 筆者は先週の23日に藤井学氏と待ち合わせをして、花園神社に行って来たが、物凄い人手のなか、藤井氏と氏の囲む人間は周りとは明らかに違うオーラを放ち、いい意味での異彩を放っていた。男女を問わず彼を慕う人間の数の多さにまず驚いたが、全ての方々が礼節を重んじ、次代のこの街を背負う人間達であろう、と確信をした。

 本記事の場を借りて深くお礼を致します。

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