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【宮崎学特別寄稿】人を殺す時に「計算」するのはヤクザだけ

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「死刑執行」の部屋。その裏側にボタンが三つあり、執行官三人が同時に押して、誰のボタンが執行のスイッチなのかわからないようにして行われる。



 こうした者たちには死刑は無意味であり、すなわち死刑では凶悪犯罪は防げない。また、犯人を吊るしたところで、遺族の悲しみが癒されることもない。

 しかし、世論の後押しもあり、政府は国家的な「応報」としての死刑を廃止するつもりはないようだ。

 本来であれば、死刑よりも、犯罪心理学や子どもの生育環境とその影響の研究、そして教育や貧困対策などに力を入れるべきではないのか。

 無論それだけで凶悪犯罪を防ぐことは難しいが、現在のように「凶悪な人間」が育つ土壌は放置し、被害者が出て初めて犯人やその家族を排除するだけでは、いつまでも同種の事件は繰り返される。

「異物(凶悪な人間)」の排除は、日本に限った話ではないのだが、それでは根本的な解決にはならない。

 犯罪は減少傾向にあり、特に殺人はこの数年は年間1000件を切る状態にあるが、この問題の処方箋はなく、その一方で異物の排除はますます進むと思われる。

 排除された者たちが排除する側に牙を剥くのは当然なのだが......。






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宮崎学 プロフィール


1945年京都生まれ。96年に『突破者―戦後史の陰を駆け抜けた50年』(南風社刊、現在は新潮文庫所収)でデビュー、その後は警察などの権力に対する批判やアウトローに関して多くの著書を上梓。近著に『ヤクザとテロリスト 工藤會試論 難民化する「暴力団」、暴力装置化する国家』(イーストプレス)、『現代ヤクザの意気地と修羅場 現役任侠100人の本音』(双葉社)、共著に『平和なき時代の世界地図 戦争と革命と暴力』(祥伝社、佐藤優氏)など多数。